Up 科学 vs 野生の思考 作成: 2026-03-15
更新: 2026-03-15


    探求は,科学を方法にする。
    科学は,真偽を確定する方法である。
    探求が科学を方法にするのは,真偽がわかるためである。

    「生成AI」 をわかろうとして,探求を1から始める者の場合は,科学の方法のうち,特に数学が頼みになる。
    数学の上では,真偽が曖昧にならない。
    なぜなら,真偽を曖昧にしない方法論としてつくられるのが,数学だからである。


    「生成AI」 の探求は,現前の AI 技術論にあたる。
    「生成AI」 の情報の在り所は,専らここだからである。

    探求はこのとき,科学が 「野生の思考 と対するようになる。
    AI 技術論は,Lévi-Strauss の謂う 「野生の思考」 だからである。

    即ち,
      カテゴリーがおかしい
      カテゴリー・ミステイクが常態
      論理が奇妙
      数学が奇妙
      神話を事実として語る

    これに対し探求がすることは,野生の思考を身につけることではない。ない。
    この中から科学の断片をみつけ,それから構成される科学を発見することである。

    この探求は,構えが自ずと構造主義になる。
    野生の思考に対峙した Lévi-Strauss は自ずと構造主義を編み出すことになったが,その境地に入ることになる。