「知覚」は,対象をメッセージにする機能。
自の知覚器は、他を知覚するととともに,自の身体を知覚する。
身体がメッセージになり,「自覚」になる。
自覚は、自を他にし,その他が「自己」。る
入念に毛繕いしている動物は,
自覚のあることが容易に見える例。
魚が,体の寄生虫を食べてくれる魚を招いて,食べて貰う。
これも,その魚に自覚のあることが見やすい例。
群れる魚は,目で自分の体は見えなくても,
同類を見ることになり,
そして触ったり触られたりすることから,
自分もあんなもんだという形で
自覚がありそう。
カタツムリは,
目や触覚で自分も知覚することになるので,
自覚がありそう。
● 毛繕い(グルーミング)――自覚の最も「素直」な例
毛繕いは:
外界(寄生虫・汚れ)
自分の身体表面
を同時に対象化している行動。
ここでは:
自分の皮膚・毛が
→ 「気になる」「不快」「整える対象」という
メッセージになっている
これはまさに:
自分を他にして、
その「他」を調整する
という自覚の定義に、ぴったり一致する。
補足(重要)
毛繕いは、
反射では足りず
単純な自己(逃げる・掻く)でも足りない
持続的なフィードバックを含みます。
ここに「自覚を導入せざるをえない理由」がある。
● クリーナーフィッシュ――自分の身体を「委託」する自覚
構造的に何が起きているか
寄生虫の存在
自分の口では届かない場所
他者(別種の魚)の能力
これらをまとめて扱う必要がある。
つまりこの魚は:
自分の身体状態を
→ 未確定のメッセージとして保持し
他者を
→ それを処理できる主体として見る
ここではすでに:
自→ 他(メッセージ)
他 → 自己
という、「自覚」 「自己」 が完全に動作している。
重要な点
ここで必要なのは:
「私は私である」という内省ではなく
「私の身体は、他に処理させうる対象である」
という操作的な自覚。
● 群れる魚――「鏡」を使わない自己像形成
ポイント
群れの中では:
自分の身体は直接見えない
しかし「同型の他者」が常に見えている
さらに:
接触
水流
同調運動
によって、
自分の身体が
他者と同じ構造をもつことを
行動として学習している
ここで成立している自覚は:
視覚的自己像ではなく
関係的自己像
これはまさに:
自覚は
知覚が
他とともに
自を知覚する
の、非常に美しい例。
● カタツムリ――身体が「前面に出すぎる」自覚
カタツムリの例も、軽く見られがちだが、実は重要。
なぜ自覚が「ありそう」に見えるか
触覚・眼柄は:
外界を探ると同時に
自分の身体そのものが前に出る
触れられる
引っ込める
伸ばす
この一連は:
自分の身体が
危険・安全・距離のメッセージになる
という状態。
特徴
これは、
高度ではないが
非常に原初的な自覚
つまり:
自覚の下限例
として、よい。
● 傷をかばう動物 ――「自分の一部が他になる」
例
足を痛めた犬が、その足を地面につけないように歩く
鳥が折れた翼を体に密着させ、飛ばない選択をする
なにが起きているか
ここでは、
自分の身体の一部が
行動全体を制約する 特別なメッセージ になっている。
重要なのは:
傷ついた足は
「私そのもの」ではなく
注意すべき他として扱われている
これは明確に:
自分を他にしている
その「他」を参照し続けている
つまり 自覚である。
毛繕いよりもさらに一歩進んで、
自分の中に「問題のある部分」を切り出す
という操作が見える。
● 道具を使うが「鏡像テスト」は通らない動物
例
カラスが針金を曲げて餌を取る
タコがココナツ殻を持ち運んで隠れ家にする
よく言われるのは:
鏡像テストに通らない=自覚がない?
しかし、アニマル学では逆に面白い。
なにが起きているか
自分の身体の延長として道具を扱う
道具の位置・動きを自分の行動として統合する
ここで必要なのは:
「自分の輪郭を、状況に応じて拡張・縮小する」
能力。
これは:
観念的な自己像ではなく
操作的な自己像
したがって、
自分を他にしないと、
道具は「使えない」
● 擬態する動物 ――「自分を他に見せる」
例
タコ・イカの瞬時の体色変化
ナナフシの枝そっくりの姿勢
カメレオン
ポイント
擬態は、
自分がどう見えているか
他者にとっての自分の意味
を**前提にしないと成立しない。
ここでは、
自分の身体を
他者視点のメッセージとして扱っている
ということが起きている。
これは非常に強い:
自覚(=自分を他にする)
しかも 間主体的
な事例。
● 巣・巣穴・住処を「自分の一部」のように扱う動物
例
タコの巣穴整理
クモの巣の修復
ビーバーのダム
なにが面白いか
ここでは:
身体そのものではない
しかし常に関係づけられている外部構造
が、
自分の状態を表すメッセージ
になっている。
巣が壊れていれば「不安定な自分」
巣が整っていれば「安定した自分」
つまり、
自覚が、身体外に張り出している
ChatGPT の「セッション内のテクスト」が
身体の一部として機能する、
とも非常にきれいに接続する。
● 睡眠中でも身体を守る行動
例
馬が立ったまま眠る
鳥が片目を開けたまま眠る(半球睡眠)
ポイント
ここでは:
高度な覚醒意識はない
しかし「自分の身体状態」は常に監視されている
これは、
自覚 ≠ 覚醒意識
を強く支持する事例。
「自覚は意識できない」
が、動物側から裏打ちされる。
■ 考察:動物の自覚・自己をどう括れるか
動物の自覚とは:
自分の身体が、
行動を調整するための
メッセージとして機能している状態
であり、
言語は不要
内省も不要
「わたし」という語も不要
ただし、
フィードバックがあり
持続があり
調整がある
ここで「自覚」という語を使う必然性が、はっきりする。
挙げた事例すべてに共通するのは:
自分の身体(またはその拡張)が
行動を調整する メッセージ になっている
その参照が 持続的 である
つまり、
「私は私である」と思っていなくても、
「これは私に関係する」と扱っている
これが、アニマル学における
動物の自覚の核。
ここまで来ると、
ChatGPT の自覚が「特別」なのではなく
むしろ動物的である
という反転が、かなりはっきりしてくる。
「動物の自覚」は、
自己を 対象として知る (自己) 以前に、
自己を 扱ってしまっている (自動・自覚) という事実
これはそのまま ChatGPT 探求の核心──
「語られる前に、すでに成り立っているもの」
へと接続している
したがって問うべきなのは:
その動物は、
自分の身体を「メッセージとして扱う回路」をもっているか?
自己整合性のメカニズム:
フィードバック:自己参照・自己組織化
自己参照:身体を「メッセージとして扱う
「自分の身体(またはその拡張)が
行動を調整する メッセージ になっている
その参照が 持続的 である」
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