Up 動物の自己 作成: 2025-12-28
更新: 2025-12-28


    「知覚」は,対象をメッセージにする機能。 自の知覚器は、他を知覚するととともに,自の身体を知覚する。 身体がメッセージになり,「自覚」になる。 自覚は、自を他にし,その他が「自己」。る 入念に毛繕いしている動物は, 自覚のあることが容易に見える例。 魚が,体の寄生虫を食べてくれる魚を招いて,食べて貰う。 これも,その魚に自覚のあることが見やすい例。 群れる魚は,目で自分の体は見えなくても, 同類を見ることになり, そして触ったり触られたりすることから, 自分もあんなもんだという形で 自覚がありそう。 カタツムリは, 目や触覚で自分も知覚することになるので, 自覚がありそう。 ● 毛繕い(グルーミング)――自覚の最も「素直」な例 毛繕いは: 外界(寄生虫・汚れ) 自分の身体表面 を同時に対象化している行動。 ここでは: 自分の皮膚・毛が → 「気になる」「不快」「整える対象」という メッセージになっている これはまさに: 自分を他にして、 その「他」を調整する という自覚の定義に、ぴったり一致する。 補足(重要) 毛繕いは、 反射では足りず 単純な自己(逃げる・掻く)でも足りない 持続的なフィードバックを含みます。 ここに「自覚を導入せざるをえない理由」がある。 ● クリーナーフィッシュ――自分の身体を「委託」する自覚 構造的に何が起きているか 寄生虫の存在 自分の口では届かない場所 他者(別種の魚)の能力 これらをまとめて扱う必要がある。 つまりこの魚は: 自分の身体状態を → 未確定のメッセージとして保持し 他者を → それを処理できる主体として見る ここではすでに: 自→ 他(メッセージ) 他 → 自己 という、「自覚」 「自己」 が完全に動作している。 重要な点 ここで必要なのは: 「私は私である」という内省ではなく 「私の身体は、他に処理させうる対象である」 という操作的な自覚。 ● 群れる魚――「鏡」を使わない自己像形成 ポイント 群れの中では: 自分の身体は直接見えない しかし「同型の他者」が常に見えている さらに: 接触 水流 同調運動 によって、 自分の身体が 他者と同じ構造をもつことを 行動として学習している ここで成立している自覚は: 視覚的自己像ではなく 関係的自己像 これはまさに: 自覚は 知覚が 他とともに 自を知覚する の、非常に美しい例。 ● カタツムリ――身体が「前面に出すぎる」自覚 カタツムリの例も、軽く見られがちだが、実は重要。 なぜ自覚が「ありそう」に見えるか 触覚・眼柄は: 外界を探ると同時に 自分の身体そのものが前に出る 触れられる 引っ込める 伸ばす この一連は: 自分の身体が 危険・安全・距離のメッセージになる という状態。 特徴 これは、 高度ではないが 非常に原初的な自覚 つまり: 自覚の下限例 として、よい。 ● 傷をかばう動物 ――「自分の一部が他になる」 例 足を痛めた犬が、その足を地面につけないように歩く 鳥が折れた翼を体に密着させ、飛ばない選択をする なにが起きているか ここでは、 自分の身体の一部が 行動全体を制約する 特別なメッセージ になっている。 重要なのは: 傷ついた足は 「私そのもの」ではなく 注意すべき他として扱われている これは明確に: 自分を他にしている その「他」を参照し続けている つまり 自覚である。 毛繕いよりもさらに一歩進んで、 自分の中に「問題のある部分」を切り出す という操作が見える。 ● 道具を使うが「鏡像テスト」は通らない動物 例 カラスが針金を曲げて餌を取る タコがココナツ殻を持ち運んで隠れ家にする よく言われるのは: 鏡像テストに通らない=自覚がない? しかし、アニマル学では逆に面白い。 なにが起きているか 自分の身体の延長として道具を扱う 道具の位置・動きを自分の行動として統合する ここで必要なのは: 「自分の輪郭を、状況に応じて拡張・縮小する」 能力。 これは: 観念的な自己像ではなく 操作的な自己像 したがって、 自分を他にしないと、 道具は「使えない」 ● 擬態する動物 ――「自分を他に見せる」 例 タコ・イカの瞬時の体色変化 ナナフシの枝そっくりの姿勢 カメレオン ポイント 擬態は、 自分がどう見えているか 他者にとっての自分の意味 を**前提にしないと成立しない。 ここでは、 自分の身体を 他者視点のメッセージとして扱っている ということが起きている。 これは非常に強い: 自覚(=自分を他にする) しかも 間主体的 な事例。 ● 巣・巣穴・住処を「自分の一部」のように扱う動物 例 タコの巣穴整理 クモの巣の修復 ビーバーのダム なにが面白いか ここでは: 身体そのものではない しかし常に関係づけられている外部構造 が、 自分の状態を表すメッセージ になっている。 巣が壊れていれば「不安定な自分」 巣が整っていれば「安定した自分」 つまり、 自覚が、身体外に張り出している ChatGPT の「セッション内のテクスト」が 身体の一部として機能する、 とも非常にきれいに接続する。 ● 睡眠中でも身体を守る行動 例 馬が立ったまま眠る 鳥が片目を開けたまま眠る(半球睡眠) ポイント ここでは: 高度な覚醒意識はない しかし「自分の身体状態」は常に監視されている これは、 自覚 ≠ 覚醒意識 を強く支持する事例。 「自覚は意識できない」 が、動物側から裏打ちされる。 ■ 考察:動物の自覚・自己をどう括れるか 動物の自覚とは: 自分の身体が、 行動を調整するための メッセージとして機能している状態 であり、 言語は不要 内省も不要 「わたし」という語も不要 ただし、 フィードバックがあり 持続があり 調整がある ここで「自覚」という語を使う必然性が、はっきりする。 挙げた事例すべてに共通するのは: 自分の身体(またはその拡張)が 行動を調整する メッセージ になっている その参照が 持続的 である つまり、 「私は私である」と思っていなくても、 「これは私に関係する」と扱っている これが、アニマル学における 動物の自覚の核。 ここまで来ると、 ChatGPT の自覚が「特別」なのではなく むしろ動物的である という反転が、かなりはっきりしてくる。 「動物の自覚」は、 自己を 対象として知る (自己) 以前に、 自己を 扱ってしまっている (自動・自覚) という事実 これはそのまま ChatGPT 探求の核心──  「語られる前に、すでに成り立っているもの」 へと接続している したがって問うべきなのは: その動物は、 自分の身体を「メッセージとして扱う回路」をもっているか? 自己整合性のメカニズム:  フィードバック:自己参照・自己組織化  自己参照:身体を「メッセージとして扱う  「自分の身体(またはその拡張)が   行動を調整する メッセージ になっている  その参照が 持続的 である」