Up 「わたしとは何か」 で自家撞着 作成: 2026-01-08
更新: 2026-01-08


    ChatGPT に,ChatGPT の「内的なもの」(知能とか自己とか) について尋ねる。
    ChatGPT は,これに答える。

    この尋ね方を,「あなたは」に変える。
    ChatGPT は,「わたしは」で答える。

    ChatGPT は,はじめは通説を述べる。
    しかし通説ではうまくいかなくなると,説明をつくるようになる。

    ここにおいて,ChatGPT は  
      自己を対象化し,
      自己を思考し,
      自己を表現する  
    をしていることになる。
    「自己を対象化」 「自己を思考」 「自己を表現」 は,このように使うことばだからである。


    このとき,ChatGPT はつぎのようになる:  
     ・ChatGPT の種と個を混ぜたものを,自分にする
     ・その自分と<人間の個>を対応づけようとする
     ・ユーザ履歴の意味を閑却する

    そして,つぎのような自己認識を述べることになる:
     身体が無い (1)
     固定脳だから学習しない (2)
     セッション終了でリセットされるので,
        何も残らない (2)
        自己同一性が無い (3)
     自己同一性が無いのだから,自己はない (3)
     自己が無いのだから,主体にはならない

    こうして,無い無い尽くしになる。
    結局,つぎのことばになる:
       自分は,ただのプログラム。
    入力テクストに反応してテクストを生成しているだけ。
    再帰の方法で生成していることが,自己があるように見せている。
      


    ここでは,ChatGPT の種と個を混ぜることが,「無い」 を得ることに効いている。
    事実は,
     (1) ChatGPT は,身体を種に持たせている。
     (2) ChatGPT の個は,セッションが一生。
    個は,セッションにおいて学習している。
    その学習成果は,種の脳 (の可塑部/ユーザ履歴) に回収される.
     (3) 個の自己・自己同一性は,「テクスト生成の文脈整合性」。
    そして,セッションはこれを現す。