| Up | LLM-NAS 批判 | 作成: 2026-03-05 更新: 2026-03-05 |
つぎの思いが立つ: 「ユーザインタフェースは 何でも自然言語でいいわけではない」 自然言語は,曖昧で,カテゴリーミステクを誘導する。 これを退けるために,数学や形式言語をつくってきた。 しかし LLM が成功してから, これを主導しているのは,商業主義である。 産業は,行ったり来たりをつくって,商売する。 産業は,新商品をつくることが,商売だからである。 そして, 「今は,形式言語から自然言語に振り子を振る時」 というわけ。 自然言語プロンプト製品は,つぎをキャッチコピーにする: システムは,必ずトラブる。 「初心者」 だったら,ここでお終いになる。 「初心者でも操作できる」とは, 「初心者でも,操作・トラブルフィックスができる」 のことである。 製品がこれと違えば,「初心者でも操作できる」は詐欺である。 そもそも,自然言語でのプロンプト作成は、ひじょうい繊細な作業になる。 言葉の選び方ひとつで,意味・流れが変わる。 構文も,問題の構造がよくわかっていて,できることである。 自然言語のプロンプトは,方向づけが難しい。 「的を段々と絞っていく」 が,難しいのである。 「ラスト・ワン・マイルが難しい」 どころではなく,下手をすると最初の数マイルで迷走する。 そして,迷走が始まってしまうと,もどに戻すのがこれまた難しい。 ユーザは,「言葉の地図を描ける力=熟練者の感覚」 が必要になる。 結論として,自然言語プロンプト製品のキャッチコピーは,つぎに落ち着く: 形式言語で構造を固め 必要に応じて両者を往復する |