1989年,日本民族学会は「アイヌ研究についての見解」を出した。
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「アイヌ研究に関する日本民族学会研究倫理委員会の見解」
『民俗學研究』(日本民族学会), 54(1), 1989.
1. ‥‥‥主体的な帰属意識‥‥‥が人びとの間に存在するとき,この人びとは独立した民族とみなされる。‥‥‥アイヌの人びとの場合も, 主体的な帰属意識がある限りにおいて, 独自の民族として認識されなければならない。
‥‥‥アイヌ民族文化が, あたかも滅びゆく文化であるかのようにしばしば誤解されてきたことは,民族文化への基本認識の誤りにもとづくものであった。
2. 民族学者, 文化人類学者によって行われてきたアイヌ民族文化の‥‥‥これまでの研究は アイヌ民族の意志や希望の反映という点においても, アイヌ民族への‥‥‥還元においても,極めて不十分であった‥‥‥
今後のアイヌ研究の発展のために不可欠なのは, アイヌ民族とその文化に対する正しい理解の確立と, 相互の十分な意志疎通を実現し得る研究体制の確立‥‥‥
3. ‥‥‥ 抑圧を強いられてきたアイヌ民族の歴史とその文化について,学校教育, 社会教育等を通じて正しい理解をたかめ, 日本社会に今なお根強く残るアイヌ民族に対する誤解や偏見を一掃するため, あらゆる努力がはらわれなければならない。‥‥‥
‥‥‥
5. ‥‥‥ 一方的な研究至上主は通用しない。われわれの研究活動も,ひとつの社会的行為であることを肝に銘ずべきである。今回のアイヌ民族に関するわれわれの見解の表明は, こうした社会的責任の自覚にもとづくものに他ならない。
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ここで退けられているのは,人物でいえば,高倉新一郎である。
「声明」が退けたのは,科学である。
高倉新一郎のアイヌ学のスタンスは,科学であった。
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高倉新一郎『アイヌ政策史』, 日本評論社, 1942.
pp.1
私が北海道旧土人問題を植民政策中の原住者問題として採り上げてからやがて十九年にならうとしてゐる。
着手の動機は、学術的なものよりは、寧ろ、アイヌの運命が、私共の育つた期間に於て殆んど改善されなかった事に対する疑問と義憤にあった。
然し検討を続けるに従って、私は、其中に学徒として考へて置かねばならぬ種々の問題があることを知った。
そして其問題の発生史に大きな魅力を感じ、その正確な把握なくしては、此の問題も亦解決し得ないこと、然しその学問的な把握は、啻に此の問題の解決に資すろのみならず、我国に生るべき新しい植民学に多くの資料を提供するものなることを知った。
然しそれは殆んど未開拓の分野で、第一に資料の蒐集に困難し、第二に、其間に非常な勢で進んだ史学理論へ追従せねばならぬ難事があった。
p.2.
‥‥‥原住者政策をして最もその理想に近らしめんことを望むためには,その科学的な研究を必要とする。
然るに‥‥‥原住者政策の研究は,せいぜい特殊な政策論として個々の場合に論究せられてゐるに止り,廣く材料を求めて比較研究し,その中に一貫した原則を把握する迄には至ってゐない。
かヽる時代にあつては,徒らに比較総合を急がず,個々の事例に就て精密なる調査を遂げ,然る後比較綜合に進むを順序とする。
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科学は,物事に是非を立てない。
物事は何故そうあるか・物事は何であるかを,淡々と探求するのみである。
科学としての歴史学は,生物学の「系の遷移」学と同じである。
フラスコに水を入れて放置する
この中に,空気中に漂っている微生物が落ちてくる。
そしてこれが,フラスコの中に「遷移する生態系」を現す:
(栗原康『かくされた自然──ミクロの生態学』, 筑摩書房, 1973. )
生物学は,フラスコの水の中に発生した特定種を指して,つぎのような「声明」を発することはしない:
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あたかも滅びゆく種であるかのようにしばしば誤解されてきたことは,種への基本認識の誤りにもとづくものであった。
これまでの研究は,種の意志や希望の反映という点においても,種への還元においても,極めて不十分であった」
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「声明」は,日本民族学会の学会としての程度を知らしめる。
これは,共産主義国家の「社会主義リアリズム」キャンペーンと同じである。
日本民族学会には,もともとこの体質があったということである。
しかし,なんにせよ,アイヌ学はこの「声明」に準拠したものに自身を変える。
こうして,現前の「アイヌ学」となる。
これにより「アイヌ史」は,どうなるか。
つぎのようになる:
榎森進『アイヌ民族の歴史』, 草風館, 2007.
この書を特に取り上げるのは,この書がつぎのように謳っているからである:
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久しく待たれた決定版 "アイヌ民族の通史" が完成。
本書は、アイヌ民族の歴史を前アイヌ文化としての擦文文化の時代から現代に至るまで一貫して論述、とくにアイヌ民族と大陸の周辺民族・国家との関係を詳述した部分は知られざるアイヌ民族の一断面である。
またアイヌ民族の数度にわたる戦争、「北海道旧土人保護法」や「アイヌ新法」の成立過程を内外の史料を駆使して記述した、本邦初の本格的歴史書である。 草風館
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アイヌ学および "アイヌ"イデオロギーを少しかじったことのある者なら,本書の3分の1の分量を占めている最後の2章から,章節のタイトルを拾ってみることで,この書の趣は知れる:
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