Up 「遺骨供養」: 要旨 作成: 2018-08-06
更新: 2018-08-06


      北海道新聞 2018/08/04
    (https://www.hokkaido-np.co.jp/article/215361)
    収集したアイヌ民族の遺骨を供養
    北大でイチャルパ



    北大のアイヌ納骨堂で行われたイチャルパ

     北大医学部がかつて研究目的で収集し、保管しているアイヌ民族の遺骨の慰霊祭「イチャルパ」が3日、札幌市北区の北大構内にある「アイヌ納骨堂」で開かれ、関係者ら約150人が鎮魂の祈りをささげた。
     慰霊祭は、北海道アイヌ協会が主催し、今年で35回目。同協会の加藤忠理事長は「責任の所在を明らかにし、禍根を残すことのないよう対話に基づき返還を進めていきたい」とあいさつ。北大の名和豊春学長は「歴史的経緯においてアイヌ民族への配慮を欠いたことを真摯(しんし)に受け止め、教育研究機関として責務を果たしていく」と述べた。
     納骨堂には遺骨942体と、一部の骨など一体分として特定できない遺骨を収めた332箱が保管されている。慰霊祭には、日本人類学会の篠田謙一会長(国立科学博物館副館長)ら関係団体・機関の代表も参列した。


    アイヌに「遺骨 (舎利)」の概念は無い。
    「遺骨 (舎利)」の概念は,仏教のものである。
    仏教の遺骨供養が「イチャルパ」だとは,見当違いもはなはだしい。

    もっとも,これは民族派 "アイヌ" にはどうでもよいことである。
    彼らは,己のイデオロギーのためにやっているのである。
    その曰わく「祈り」は,まがいものであり,ただのこけおどしである。
    ──そしてそもそも,彼らは「アイヌ」を(かた)る者であって,アイヌではない。

    この記事に登場する日本人類学会のスタンスについては:


    アイヌは,<アイヌの事実>を以て正しくリスペクトしたいものである。

      Batchelor, John (1901) : The Ainu and Their Folk-Lore.
    (引用は,安田一郎[訳]『アイヌの伝承と民俗』(青土社, 1995) から)
    pp.450, 451
    霊は、肉体が横たえられた墓とそのすぐまわりに出没すると考えられているし、また霊は、肉体の休息場所の近くで見つかった人にはだれであろうと、その精神に魔法をかけるし、さらにその肉体に危害を加える力をもっているだけでなく、その霊が女の霊ならとくに、機会があり次第そうする意志をもっていると考えられている。
     ‥‥
     他人が埋葬された場所の近くに行かないようにするために物語られる民間伝承はつぎの通りである。
    「もし人が墓に行くなら、それがどんなに古いかは、問題ではなく、その人はきっと罰せられるだろう。それゆえ、用心せよ、用心せよ」。

    p.460
     肉体が墓場近くにいるとき、霊も、少なくともその一部はその近くにいて、だんだんその地上の住まいから解放される。 霊は慎重に一人にしてやらねばならない。
    さきにほのめかしたように、だれも霊の領域には侵入してはならない。 というのは、それは部屋と完全な自由を必要とするからである。
    それゆえ、アイヌが共同墓地でなく、森のなかの遠く離れ、隔離された場所に遺体を埋葬する理由は、この考えに求めねばならない。

    p.461
    彼らは、埋葬するときには、場所を示すために、各墓の足元に棒を必ず立てる。
    この棒は便宜上墓標とよばれてよい。
    しかしこれは、死者を思い出すよりもむしろ (というのは、それについてはどんな字も書いてないからである)、埋葬がここにあったことを偶然ここに来た猟師に指摘し、過ちを犯さないようにするためである。


    アイヌは墓地をもたない。
    実際,「墓地」は,定住生活者に成り立つ概念である。
    狩猟採集の移動生活者には,成立しない概念である。
    アイヌが墓地を持たないことは,彼らが漁猟採集生活をルーツにする者であることと関係している。