Up 「アイヌの系統」とは? 作成: 2016-11-26
更新: 2016-11-26


    ひとは,「アイヌ民族」「アイヌの系統」のことばを聞かされると,これをわかったつもりになる。
    はじめて聞くことばがここには無いからである。
    実際,<わかったつもりになれる>は,ことばの機能である。

    <わかったつもりになれる>は,<とりあえず対象を確保できる──考え出すとわからなくなるが>である。
    これは,<ペンディング>の方法である。
    ことばをもつと,この<ペンディング>ができるようになる。

    ひとは,つぎのように思う:
      《<ペンディング>は,<明らかにする>の実践により,解消される》
    こうして,ことばを持つことは,明らかにされることを見込むことである。

    明らかにされることを見込むことは,<明らかになる>を当然とすることである。
    そこで,ことばを持つことは,ことばの指示するものを<明らかなもの>にしてしまうことである。
    こうして,ことばは<明らかなもの>を指示していることになる。
    これを,イデア論とか言語写像論と謂う。

    ひとは,ことばを使うときは,イデア論の者になる。
    そこで,「アイヌの系統」のことばをもつと,これの定義は成るものだと思い込む。
    しかし,定義が成るかどうかは,実際に定義づくりをやってみないとわからない。
    イデア論に対し《実際にやってみないとわからない》を措く立場を,プラグマティズムと謂う。
    哲学は,結局,イデア論とプラグマティズムである。
    これは,覚えておくとよい。


    「明らかにする」「やってみないとわからない」は,ともに「先延ばし」に転じる。
    <ペンディング>は,「明らかにする」「やってみないとわからない」によって,先延ばしできるわけである。
    実際,つぎが生業として立つようになる:
      《「明らかにする」「やってみないとわからない」によって,問題を先延ばしする》
    この生業が,「学者」である。
    よって,こうなる:
      《問題は,学者を登場させることで,先延ばしできる》