Up 観光"アイヌ" は,「アイヌの身体的特徴」を要する 作成: 2017-01-05
更新: 2017-01-05


     佐々木昌雄 :「映画「アイヌの結婚式」にふれた朝日新聞と太田竜」(1971)
     『幻視する<アイヌ>』, 草風館, 2008, pp.105-123
     
    pp.118,119
        アイヌ族が体質的に白人とぴったり一致することは、左右の肩のはずれに、さんさんたる長毛のかぶさっている特徴である。
    私のアイヌ白人系説がこの点でも肯定されるわけである。
     ‥‥‥
    (金出一京助「アイヌ民族誌のはじめに」『アイヌ民族誌』所載)

    ぼくが水泳の話を持ちだしたのは、ぼくの潜在意識にそれがあるというんじゃ必ずしもないですよ。『アイヌ 民族誌』上巻にね、背中いっぱいの毛深さを写したのがあったんだ。
    ‥‥‥
    (座談会「現代においてアイヌ問題とはなにか」『北方文芸』昭和四十五年十月号所載)
     ‥‥‥
    半ば揶揄し、半ば本気で言えば、今に、「アイヌ」の性器の形態、長短などを調査する学者が現われても、不思議でない。 (「アイヌ」であると思い込んでいる者や、「アイヌ」であるとされている者、つまり「アイヌ系」の人々の肩の毛を実際調査してみたら如何。「一人の例外もない」ことが嘘っぱちであることが判明するだろう)

     「民族」には外形的な定型がなければならず、その定型を決定せんとする思考から、何が生まれてくるか。 そして、常に決定する側に居り、常に見る側に居る学者には、常に決定される素材としてある「民族」の一人々々は定型との二重写しでしか、見えないのか。 例えば『アイヌ民族誌』のモノクローム写真の第一枚目は、「アイヌ成人男性の定型的容貌」とキャプションが付いている。 私も、「シャモ成人男性の定型的容貌」の写真を一枚手に入れたい、と願っている。

     鳩沢佐美夫 : 「対談「アイヌ」」(1970)
     『沙流川(さるがわ)―鳩沢佐美夫遺稿』, 草風館, 1995, pp.153-215.
     
    p.185
    それとA湖畔では、言語や動作に、明らかにアル中症状を現わしているような男が酋長格で控えていたり。
    また、五十四、五歳の男が、観光団に何かを訊かれると空っとぼけていて、カメラを向けられると、チャッカリ、モデル代を要求する (Cアイヌ部落) ──ね。
    それと、漫談調で「俺の腕毛を一本十円で売ってやる」と、ガメツそうな年若い解説者もいたしね (Cアイヌ部落) ──。

    「百の説法 (佐々木) 屁一つ (Cアイヌ部落)」というわけである。


    観光"アイヌ" は,「アイヌ」を演出する上で,「アイヌの身体的特徴」を要する。

    観光"アイヌ" は,「アイヌ観光」を「アイヌ文化継承」に言い換えて,利権"アイヌ" に進化した。
    変えたものは,看板である。
    稼業はそのままである。
    利権"アイヌ" は,「アイヌ」を演出することが仕事である。

    利権"アイヌ" は,「アイヌ」の演出として,「アイヌ」のカリカチュアをまき散らす。


    この利権"アイヌ" は,アイヌ終焉後のアイヌ系統者のうちのごくごく一部である。
    利権"アイヌ" 以外のアイヌ系統者は,利権"アイヌ" がまき散らす「アイヌ」のカリカチュアに対し「自分はそんなんじゃない」を言わねばならない立場になる。

    利権"アイヌ" は,アイヌ終焉後アイヌ系統者の「屁」である。