Up 「新法(案)」の経緯 作成: 2017-01-14
更新: 2017-01-14


    現在の「アイヌ法」は,『アイヌ文化振興法』(1997) である。
    これの経緯は,つぎのようになる:

    1. 旭川の "アイヌ" から,旧法『北海道旧土人法』の廃止を求める声が上がる。
      旭川市長がこれを受けて,全道市長会に諮り,廃止の決議をとる。(1970)
    2. ウタリ協会が,「ただの廃止」に反対──旧法に代わる「アイヌ特権」型新法の実現を,方針にする。
      『アイヌ民族に関する法律 (案)』を作成,北海道知事に提出。(1984)
    3. 北海道知事私的諮問機関「ウタリ問題懇話会」として審議,「アイヌ新法」を制定すべしの答申を出す。(1988)
      「道が国に働きかける」のステージへ。
    4. 「アイヌ新法」が『アイヌ文化振興法』として成立。(1997)


     小川隆吉『おれのウチャクマ』, 寿郎社, 2015.
     
    p.130,131
     当時、旭川市長五十嵐広三氏が旭川アイヌ協議会の決定をうけて、北海道旧土人保護法と旭川市旧土人保護地処分法を廃止することを全道市町村長会議の議題として提出するというのだ。 私は札幌支部結成の準備中だったが、これは無視できないと思った。 会場は岩見沢市。 ウタリ協会本部がこれを知ったのが二日前。 突然のことに驚いたウタリ協会理事、浦河から向井さん、静内から秋田さん、平取から貝沢正さん、鵡川から阿部(注8)さん、白老から野村さん、事務局長葛野守市さんそれに私。 七人が抗議のために旭川市役所に向かった。 市が用意したホテルの一室で、今回の提案はウタリ協会の合意が無いこと、取り下げてくださいという挨拶から始まった。 五十嵐氏は次のように述べた。
     この法律は100年を経過し法律としての機能はなくなった。 市政を進めるうえで妨げにこそなっても今後旭川アイヌが生活する上で使える条文は全て削除されていること、旭川のアイヌが一致して廃止に賛成していることの二点をあげた。 これに対し協会理事は次のように反論した。
     旭川アイヌの意思というが70名前後で道ウタリ協会会員数とはケタがちがう。 まして無条件廃止などとんでもない。 今後この件については反対することを告げて物別れに終わった。

    p.131,132
     ウタリ協会本部は、河野本道氏を委託者として採用し、アイヌ民族史つくりに取り組む事になった。 持ち込まれた資料は、河野三代の集めた資料で、目録その他原本を見ることができた。 札幌支部は沢井アク支部長の提案で、学習会を週一回生活館で行うことにした。 講師に、河野本道氏が来てくれました。
     スタートから北海道旧士人保護法が国会に提案された議題、質問者発言、それに対する答弁、それに対する再質問とえんえんと続く。
     ‥‥‥
    もしこのような学習会がなかったら、後につづくアイヌ民族に関する法律原案、中でもこの法律を制定する理由を、小川隆吉は書けなかったと思う。 河野本道さんありがとう。
     札幌市という地理的条件にも恵まれたこと、人とのつながりが広がってきた。
     中でも、北海道水産会館四階で行われた、1984年度北海道ウタリ協会本部総会で「アイヌ民族に関する法律の原案」が可決された。 その三日後にメーデーに参加。 うれしさいっぱいで、小川さん良かったねと握る手に力がこもる。 この先骨抜きの法律にされるとは露しらず。

    p.132,133
     横路知事のもとで、国会に提出する議案を道議会で審議するための案の検討が始まった。 北海学園大学理事長森本信夫委員長以下14名。 私はウタリ協会の新法特別委員会のメンバーとして参加しました。 そこに北星学園大学の土橋信夫先生がいた。
     ‥‥‥
     旧土人保護法がどんなものかつて学習会をやるまでほとんど知らなかったんだ。 あの学習会で初めてじかに読むことになったんだ。 それは俺ばかりではなかったと思うよ。 河野先生は毎回資料を持ってきてくれて、みんなが読めないとなると大きな声で読んでくれて、そのあと説明もしてくれた。 俺らアイヌは聞く一方だった。 参加者は、沢井アクさん、石井ポンベさん、早苗、その他何人もいた、ときには20人以上もいた。 そのうち参加者は増えたけど酒を飲んでくるものがいたりして混雑したなあ。 あの当時、金はとらないで教えてくれた学者は河野先生しかいなかった。 講師にはそのあと山川力さん、釧路から山本多助エカシにも来てもらった。 ピッキが講演したこともあった。

    pp.133-135
     ウタリ協会で「新法特別委員会」がつくられて俺もその委員になっていたが、「アイヌに関する法律 (案)」を書く段階になった。 山川力さんが顧問役だった。 委員長は貝沢正さんで俺に「この法律を制定する理由」を書いてみなさいと言われた。 山川さんからは文章の書き方を教えられた。 あんたはできるんだから頑張ってやりなさいって持ち上げるんだ。 はじめは大まかに書いて、つぎにまとめていくんだという。 けど、何度も書き直した。 この話があったとき石井さんに相談して意見を聞いた。 原案を書くためのB5版くらいの原稿用紙が渡されたけど、小さな四角の中に俺は字が書けないんだ。 それで倍くらいの大きさにコピーして、石井さんが三菱の、糸を引っ張ると黒い芯が出てくる鉛筆を持ってきてくれた。 それで書いた。 南郷の自宅でいつもメシを喰っているテーブルのうえで。 内容は案のなかに結構生かされたと思う。
     貝沢正さんがアイヌの中心になっていたが、主に漁業だとかの経済のところ、それにアイヌ民族の政治参加、議席のところにこだわって書いていた。 山川力さんが最後に文章を直してくれた。
     新法の案がまとまってから、全道六地区で説明会をやった。 俺は、二風谷、旭川、札幌に行った。 説明は事務局長の伊端宏さんが主にやった。 行った先では大変だった。 旭川では、とにかく旧土人保護法があるうちは差別は無くならない。 旧土人保護法さえ無くなればいい。 俺たちは物乞いではないとか。 こっちが、旧土人保護法に代えて次の時代をつくる法律なんだと言ったって分かってくれない。 悔しい思いをした。 旭川では、五十嵐市長の意見が強かった。 平取では生活館でやった。 この法律はアレも欲しい、これも欲しいという法律ではない、と言ったのに、「お前は共産党か」なんて言う声が出たり、「政府にあれこれ言ったってナンモナイさ」なんて諦めの発言もあった。 札幌では、地名をアイヌ語に直して欲しいという声もあった。 俺が説明すると、お前の話は長い、くどいって言われたり。 どの地区も、女の人の発言が多かったし、とにかく一番多かったのは、経済問題。 仕事がない、給料が安い、なんとかして欲しい。
     その説明会が三月で、そのあと最後のまとめとなった。 経済問題について「自立化基金」として政府に出させようとなった。 それで五月の総会で、満場一致となった。
     法律案の中身をわかりやすくするのに「アイヌ民族に関する法律案の具体的考え方」という冊子をつくったが、それは伊端事務局長がつくった。

    pp.135,136
     法律案を北海道知事──当時は横路さんだった──に出してから、「ウタリ問題懇話会」がつくられ俺もその委員になった。 土橋先生がビデオでアメリカ、カナダの先住権の話しをしたときにはよくわかった。 他の先生の話すことはあんまり理解できなかった。 そのころ、企業組合の倒産のあとで、足元がなんもなくて、抜けた状態だったこともある。
     だけどウタリ協会から出た委員はみんな「アイヌ民族に関する法律(案)」をそのまんま法律にして欲しいと発言した。

    pp.137
     「アイヌ文化振興法」ができる前の年の総会で、野村義一さんが理事長からおろされた。 野村さんがアイヌ新法を実現する先頭に立っていたんだ。 あの人は、新しいアイヌ法の下でも理事長を続けたいという気持ちがあったと思うよ。 なのに理事会の投票をやったら笹村に決まってしまったんだ。 同時に俺も理事から外された。 あれはクーデターのようなものだった。 ウタリ協会の転換点だったと思う。 うしろで政治家が動いていたのでないか。 一時「アイヌは日本人に同化して消滅した」なんて言う政治家もいた。 野村さんのあとウタリ協会理事長になった笹村は、「文化振興法」がウタリ協会のアイヌ新法案と全然違うのに一言も文句を言わないんだから。 共有財産裁判にも何度も協力を頼みにいったけど全く何もしなかった。 野村さんは裁判を支援する会の顧問になってくれた。 白老まで大脇さんと頼みに行ったんだ。
     あとから考えると、旧土人保護法廃止を前提として新法をつくろう、というのは間違いだった。 旧法と一緒に共有財産が持って行かれてしまって、文化、文化の一本になってしまって今のありさまだ。


    要求が政治に回収されるとき,それは別モノになる。
    「アイヌ法」の場合,これをつくる "アイヌ" は利権"アイヌ" になる。──好むと好まざるに拘わらず。

    「アイヌ文化振興」は,欺瞞である。
    『アイヌ文化振興法』の法の適用を受けようとする "アイヌ" は,利権"アイヌ" の身分になる。

    この法を根拠法とする「アイヌ予算」には,利権集団が形成される。
    そして,"アイヌ" は,利権集団の「名目」として利用されるものになる。

    以上はどれも,政治のダイナミクスというものである。