Up 平取「ハヨピラ」 作成: 2016-10-17
更新: 2019-01-07


      久保寺逸彦 (1956), p.201
    沙流の人々は、平取の村上にある Haiopira の断崖を聖地として、祭を行う際には、必ず之を遥拝する習わしがある。
    Hai-o-pira は、アイヌの始祖 Okikurmi, Ainu-rak-kur が天から人界に降臨し、この崖上に城塞を構え住んで、アイヌ文化の基を開いた聖地と伝えられている所で、Okikurmi が、人間界を去った後にも、その城址には留守を守る Chash-punki (<城の番人) がいるので、その神に対して、献酒遥拝するのだと云う。

      鳩沢佐美夫 (1970). pp.168-188.
    ☆ ところで、空飛ぶ円盤って、どう思うかな?
    昭和 39年頃からこの町に施設ができているが‥‥‥。
    ★ ああ、ハヨピラのこと。 ‥‥
    ☆ ‥‥‥ 彼たちに言わせるとね、○○○博士のユーカラにも、空飛ぶ円盤とアイヌとの関係は書いてある、というんだ。 つまりアイヌの始祖オキクルミカムイがシンタに乗って天下った──とね。 その "シシタ" が、すなわち空飛ぶ円盤である、とこう主張する。  ‥‥
    けれども、なぜ、アイヌの神というオキクルミが、空飛ぶ円盤との関連をもって、ここに登場してこなければならないか!と、いうことなんだ──。  ‥‥
    [昭和四十年の六月二十四日 空飛ぷ円盤デー]
    ‥‥ 会場内部へはいって見ると相当数の人垣だ。
    はたしてどれぐらいいたか見当もつかんが、僕は‥‥‥、誇張じゃなく、その人々のうしろからのび上がった瞬間──、危うく倒れそうになって、傍の接待所の柱かなんかにもたれかかってしまった。
    まず、カメラや8ミリの放列、その真ん中に多勢のアイヌが歌ったり踊ったり‥‥‥ 。
    どうしょうもないんだ。 いくらね、アイヌの神を侮蔑した、根拠がないんだ、と叫んでみても、あれだけ多勢のアイヌが参加していてはね、「ざまア見ろ!」──だ。
    しかもいい、そのどうしょうもない状態がね、年々エスカレートしていく。 その四十年の年にはイギリス、アメリカなどからも、関係者なのか観光団なのか多数来ていたようだ。 翌四十一年には、イギリス、アメリカはもちろん、メキシコ、イラク、マレーシア、スーダン、モロッコ、アラプ連合と、十一カ国、大使館代表など、主催者側のある雑誌発表によると、千人という動員だ──。 さすがにインターナショナルと銘打っているだけに規模が大きいよ。
    だから、マスコミなども、これまで幾度も空飛ぶ円盤とアイヌとの関連をいちおう疑問視しながらも、その背景を衝けない。 衝いてくれようとはしないのだ。
    案内書によると、三十カ国の人と八十の円盤研究組織とかいう団体であり、関連機関として女性サークルやジュニアサークルがあるらしい。 だから、体よく、「アイヌ問題はタプーなんだ」──と逃げるんだ。
    しかしね、マスコミならずとも、僕も、もう絶望的だ!
    あれ以来、いろいろなアイヌ人に訴えかけたし、また訴えかけようとする。
    この町には立派なアイヌ系の人が多くいるからね。
    ところが誰一人としてそれを問題視しようとはしない。
    かえって、逆に「お前の考えは頑なだ」と嘲笑される。
    「いいではないか、年に一度のお祭だし、向うで金はくれるし、飲ませてくれるし、食わせてくれる──」  ‥‥‥
    今年あたりはね、祭典余興として熊祭までも挙行している。
    しかもだ、円盤関係者と地元ウタリー協会が主催。
    町と町観光協会が共催。
    協賛が、航空会社から化粧、飲料品など各一流のメーカー
    とくれば、どこに個人の異論を挟む余地がありますね。
     ‥‥‥
    金を貰って、飲ませてくれて、食わせてくれる。
    ね、そのうえ熊祭をさせてもらえる。
    蛮性アイヌの利用価値だ!──。
    パンフレットにも書いてあったな、「今やハヨピラは世界に知られる」──と。
    まるで狂気じみた神式と称する熊殺しを奉納という名目で挙行し、それがだ──未だ日本・北海道・日高・ハヨピラに、空飛ぶ円盤の飛来を信じるアイヌ民族あり! 空飛ぶ円盤デーの六月二十四日、自主的に熊を生賢に古式の祭典!──。
    この事実!──。
    ‥‥‥、撮影フィルムや録音テープが、コマーシャル付きで三十カ国とかいう関係各国に流れないという保証ができるかい。
    彼たちは、なんのためにアイヌに金をくれてだ、飲み食いや、協賛の航空会社とタイアップで遊覧飛行までさせてくれるんだ。
    彼たちに言わせると、式典はあくまでもアイヌたちの自主的なもんだという。
    そう、確かに自主的だ──。
    出演したアイヌたちは、年に一度のお祭だと喜んでいるからな。
    だいたいだ、なぜアイヌたちは少しはきちっとしたものの考え方をしないのか!
    オキクルミ祭の本祭は、元来八月三日なんだ。 大正末期から昭和初期にかけては、八月二十日を前後して行なわれていたともいう。 それを、施設関係者の都合のいい六月二十四日に、なぜ行なわなければならないのだ。
    その自主的参加も、町内はもとより、管内から広く道内一円の連絡のとれそうなアイヌというアイヌには、皆招待状を出しているんだ──。
    しかも "入国無料" という呼びかけも、最近は、スリッバ代とかなんとかいう名目で、実質的な入園料までもとるようになって来ている!── ‥‥
    さっき、ハヨピラの円盤施設に一人でのり込んだとき、危く倒れそうになったといったろう。
    誇張でもなんでもないって──。
    人混みのうしろから、アイヌたちのいる催場を見たときね、実は僕のおふくろもそこにいたんだ。
    僕は当時入院していたからね、おふくろとの連絡がついていなかった。
    おふくろにも案内があって、出席していたんだろう。
    その今年60になるおふくろがね、いつも、この町内には、○○さんも、XXさんも、△△さんも、偉いアイヌがいっぱいいる。
    なんで、お前ばっかりそのことに反対する。
    見世物がそんなに悪いことなら、あの人たち(町議・その他有力者) は黙っていまい。
    お前がそんなことを言うから、なにかでお金を貰えそうな催物や見世物にも誘ってもらえない──と、愚痴るんだ。


    平取町の 2018年度「沙流川歴史館特別展関連事業」として,つぎの特別展が催された:
      「ハヨピラのいま・むかし」
       2018-10-02 〜 12-02
       沙流川歴史館 (平取町二風谷)


    当時の模様を伝える写真が展示されたので,いくつかをここに引用しておく:
    1965 ハヨピラ自然公園オープン時


    1966 ハヨピラセレモニーに向けてのアピール


    ハヨピラ完成

    1966-06-24 ハヨピラセレモニー



    ハヨピラ/平取観光




    引用文献
    • 久保寺逸彦 (1956) :「北海道アイヌの葬制一沙流アイヌを中心として」
      • 民俗学研究, 第20巻, 1-2号, 3-4号, 1956.
      • 収載 : 佐々木利和[編]『久保寺逸彦著作集1: アイヌ民族の宗教と儀礼』, 草風館, 2001, pp.103-263
    • 鳩沢佐美夫 (1970) :「対談・アイヌ」,『日高文芸』, 第6号, 1970.
        『沙流川──鳩沢佐美夫遺稿』, 草風館, 1995. pp.153-215