Up 同類批判,そして表現狩りへ 作成: 2017-03-05
更新: 2017-03-05


    1970年頃を境にして, "アイヌ" シーンは民族主義の "アイヌ" だけになる。
    ──同化主義/個人主義の "アイヌ" は,シーンから消える。

    民族主義"アイヌ" は,「アイヌ」を売り物にする "アイヌ" である。
    《「アイヌ」を売り物にする》は,「観光アイヌ」と同型である。
    そこで,民族主義"アイヌ" が「アイヌ観光/観光アイヌ」批判をすれば,それは同類批判である。

    同類批判は,裏返せば,《自分がやる分にはよい》である。
    同類批判は,自家撞着 (矛盾) である。
      荒井源次郎『アイヌの叫び』, 北海道出版企画センター , 1984.
    p.102
     北海道を訪れる観光客はきまって観光アイヌ地を訪れる。 そこには見世物的自称酋長と古風なアイヌの家屋が見られる。 今日では市町村までがこれらの偽酋長をしていわゆる官製観光アイヌというか、広く宣伝に利用しその利益を得ているのが実状で、自称酋長の勢力にますます拍車をかけている。
    もちろん偽酋長これに追従する観光アイヌたちにしても、所詮生きんがために選んだ職業に外ならないが、しかしこうした一部ウタリ (同族) の所業から多くのウタリは著しく迷惑を蒙っていることから、利害の相反するウタリの両者が相反目しいざこざが起きるのは当然なことである。
    しかも北海道の紹介や観光案内のパンフレットを見ると、アイヌを侮辱的偏見だらけの紹介が多い。 これもやはり観光客誘致の業者宣伝でアイヌを利用しているに過ぎない。 現に道内外にこの種の業者がアイヌを利用アイヌを売りものにしている。
    こんな輩野放しにしていたらどんなことになるか嘆かわしいことである。‥‥‥
    〈『北風林』第八号 昭和五十五年八月二十日〉

    p.190
    アイヌ文化を守ろう
     旭川市はアイヌ民族の文化遺産を保存伝承して社会教育研究調査の目的で、近文の嵐山に昭和四十四年以来造成に着工していたがこのほど完成を見て、さる十日午後一時から日高、胆振、釧路、十勝と地元アイヌ合わせて五十有余人、それに一般市民の外、来旭中のプルイキン・ユージノサハリンスク市長等の出席もあって盛大に行なわれた。
     この嵐山一帯は昔からアイヌはチノミシリ (神を拝む所) といっていて、数々の伝説を秘める上川アイヌの聖地であったのである。 当地のアイヌはこの地に祭壇を設けて随時礼拝をして神のために歌ったり踊ったりしていた。 もちろん今でも古老間では崇拝している所である。
     旭川アイヌとゆかりの深いこの地に、このような施設を見られ、しかも貴重なアイヌの文化遺財を永久に保存されると同時に、一般の調査研究の場であり、かつまたアイヌ自らが持つ文化財研究調査の施設として、同族後進のためにも大いに利用すべきである。 そして昔から上川アイヌの最も神聖視した、いまだ自然に固まれ環境にも恵まれたこの地に、この施設を見たのはまことに意義深いものといわざるを得ない。
     旭川市もさることながら、今後同族問でもこの施設はウタリ (同族) の共有のものであるとして、保護育成に努められて研究の成果によって同族に対する深き理解と、さらに認識を改められるよう期待してやまない
    〈北海タイムス 昭和四十七年九月十五日〉

    p.205
    山彦の滝祭りいつまでも‥‥‥
     紋別郡丸瀬布町では、毎年七月二十八日にこの山彦の滝祭りが行われている。 本年も案内があって参加した一人であるが、その昔この地は、上川アイヌと北見アイヌの集落地であり、多くのアイヌが住んでいた。 私も今から六十年程前に、この滝の近くに住んでいたことがあるが、この地は私にとってほんとうに懐かしい所である。
     明治三十年二月ごろのある日、この地にいたアイヌでカイカウツクが猟に出て、吹雪で道に迷い八丈余の断がいから転落した。 ところがカスリ傷一つ負わず、水の音でそこが滝であることがわかり、以来カムイン (神滝) として当時のアイヌたちは、この滝の前に祭壇を設けて随時礼拝をしていたのが、大正に入り和人の開拓が進むに従い、アイヌはこの地を去ってしまい、滝の存在も忘れられていた。 ところがその後和人により再発見され、真東向の滝はご利益が深いということから、各地からの和人の集まりで盛大なお祭りが行われて今日に至っている。
     私たちアイヌの先代が崇拝していたこの滝を、今和人によって年中行事としてお祭りが行われている現実の姿に接した私は、往事をしのんで感謝感激でいっぱいであった。 今後ともこうしたお祭りが年とともに、ますます盛大に行われんことを願ってやまないのである
    〈北海タイムス 昭和四十八年八月十一日〉


    この《自分がやる分にはよい》は,《自分はアイヌの真性を管理する》に行ってしまう:
      同上
    p.210
    一掃したいインチキ──商人のアイヌ民芸悪用
     札幌で和人の民芸品販売業者が「大酋長の店」という大看板を掲げ、しかも誤ったアイヌ服装で商品の 宣伝ビラをまき散らしたことが、ウタリの間の問題となった。 そのおりもおり、こんどは旭川市神居町の国道沿線にアイヌ観光を売り物にして、民芸品販売を経営していた和人に対し、旭川アイヌ協議会では全くウソでまるめ、アイヌ文化、宗教を冒瀆した行為であるとして、強く抗議した。
     同協議会の指摘したのは、大看板を利用しアイヌ古跡三百年、旭川アイヌの発祥地で、旧アイヌの大部落、アイヌ六代目大酋長・菊地隆三の墓標柱その他、丸木舟、住居など、その宣伝、利用方法は詐欺的で、でたらめもはなはだしいというのである。
     現にアイヌは、全道的に同族の持つ真正なる文化伝承活動に、真剣に取り組んでいるが、半面、このような心ない和人の悪徳業者によって、毎年多くの観光客にウソだらけのアイヌ宣伝をされている。 これでは正しいアイヌ文化も根本的に破壊され、いつまでも誤った認識で解され、ウタリは全く迷惑至極だ。
     こんなインチキ業者はまだまだほかにもみられると思うが、ドンドン反省を求め、これらを一掃することを、ウタリの連帯責任として行うべきであろう。
    〈北海道新聞 昭和四十八年十一月十一日〉


    「真性」などもともと無いし,「ウソだらけ」を言うなら先ず自分たちの方である。
    そんな「輩」が,北海道新聞を使ってのこの業者潰しである。
    やり口がいかにも汚い。
    しかし彼らは,このやり口で言葉狩り・表現狩りを展開していく者になる。
      同上
    p.217
    アイヌ侮辱の業者ポスター
     アイヌに関連した事件が相次ぎ、一般的にも論議を呼んでいるのをよそに、東京・新宿の百貨店で十月十八日から三十日までの期間、函館市物産協会主催で「北海道うまいもの大会」を開催中、店内外に掲示したポスターにアイヌのしゅう長がサケをもち、過去にも見られないアイヌ図柄を使って宣伝に努めていた。
     これをたまたま上京中の道ウタリ協会の代表者たちが発見、早速、同店を訪れ、抗議した。 「ポスターに描かれているようなアイヌ風俗は昔も今も存在しない。 全くでたらめな宣伝で錯誤もはなはだしい」とその撤去方を強く要求した。 これに対し、主催者側責任者名で陳謝文を手交、その場で使用中の約百枚のポスターを撤去した。
     道内外で、この種の和人業者はアイヌ像を利用、アイヌを売りものにしているやからが多い。 野放しにしていたらどんなことになるか、嘆かわしいことだ。 こんなことではいつまでたってもアイヌは誤った認識で見られ、相互の理解を深めるに大きな障害を来すことは自明の理だ。
     このような心ない和人業者によってアイヌが侮辱され、差別されるのは人道上の重大問題であって、断じて許せない。今後この種の業者の反省と自粛を強く望む。
    〈北海道新聞 昭和四十九年十一月十三日〉


    これがもたらしたものは,《社会は,民族主義"アイヌ" を腫れ物扱いする》である。
    実際, 《「アイヌ」はタブー》の状況がつくられたわけである。


    民族主義"アイヌ" の腫れ物扱い (「野放し」) と,民族主義"アイヌ" の暴走は悪循環する。
    この結果が,「アイヌヘイト」である。
    「アイヌヘイト」は,昔の「アイヌ差別」の延長ではない。
    民族主義"アイヌ" のやり口の汚さが招いたものである。