Up 禱詞 作成: 2019-01-04
更新: 2019-01-04


      久保寺逸彦 (1952), p.55
    A 祖霊祭祀の儀の行われる際、先ず火の姥神 Ape-huchi にいう禱詞。
    私だちを育てて下さる火の大御神様!
    この国土を()らす姥神様!
    次の様なことを私たち一同、あなたの尊い御心に向って希望申上げますことは真実偽りのないところです。
    あなたの御膝許の横座に敷設けた祭の花茣蓙の上に、あなたが重んじ座を占めさせて居られるのは、豊御酒の神 Tonoto-kamui、祖翁以来の大御酒であります故、それに加え、祭の花茣蓙の上から、あなた様の御伝言の、数多のよい御言葉、数々のよい御音信を、この木幣(イナウ)と諸共に、外庭の幣壇、幣壇の上に鎮まりまして、木幣を納受なさる神々たち (大幣神・森の神・狩猟神・水の神等) が残らず酒杯を手に御執り下さる様、また木幣をお納め下さる様、御取計らい下さって、一先ず神々への礼拝も了えた次第であります。
    さて、その他に、昔から、ずっと古くから、大幣産土神の下座にあって、私たちが尊び、木幣を供え来ったのは、先祖の方々でありますので、今神々を祀ると同時に、削花で斎い飾った神酒に、祖翁の掟のままに作った木幣、なお、私たちを養って呉れる種々の食糧、人間の国土の食物(をしもの)の善美なものに、酒糟も添え、また菓子類、煙草なども一緒にして、今あなたの御膝許 (横座) に並べ据えた次第であります。
    そういう訳ですから、いつもして下さる様に、この度も、あなたの御口添えを、木幣や酒に添えて下さって、私たちが、私たちの木幣を納受され、酒杯をお納め下さる先祖の方々に、祭祀供養が出来る様にさせて下さい。
    その様なことは、あなた御自身でなさるのは勿体ないから、あなたの配下として下座に相並んで居られる女神たちの中から、雄弁の点からも、心の(しっか)りしている点からも、あなたの最も頼むに足りる女神を御選び下さって、その女神を以て、あなたの御言葉を伝えさせて下さい。
    そうして下さったら、祖翁以来、祈って来た神々の、私たちへの御加護がある上、更に私どもの祖先の方々の御冥助もあるでありましょう。
    どうか、万事恙なく、過ちなく、この祭祀が済みます様、私たちの傍を御守護なさって下さいませ。
    ハー エ エ エ ! 14)

      同上, pp.56-59
    B 祖霊への禱詞 shinrit orun inonno-itak
    Nusakor kamui  大幣の神の、
    kamui kunchi-kese  神の下座にあって、
    chikopasere  私達が尊び祀り、
    inau uk shinrit !  私達の捧げる木幣を納め給う祖霊達よ
    tukiuk shinrit !  酒杯を納受し給う先祖方よ
    tap anakne  ただ今、
    ekashi tonoto  祖翁以来の豊神酒、
    inau-kor-ashkor  削花にて斎い浄めた大御酒、
    ekashi-kor inau  祖翁以来の木幣、
    usa haruhu  諸々の食糧、
    haru pirkapi  供物の善美なるもの、
    tampakuura  煙草もろとも、
    usa topempe  菓子のたぐい、
    tap opl tta  これ等すべてのものは、
    ku-aki nishpake  私の弟君なる首領が、
    ashikor ork e  その手で、
    e-yuptek akusu  働き勤めて調えたもの故、
    tapampe neno  この様に、
    a-pase keutum  あなた方先祖の尊い御心に対し、
    e-rik-uiruke  手を上げ、
    e-ra-u iruke  下げして(うや)々しく、
    tonotokamui  酒の神 (酒の敬称)、
    e-ko-onkami  を以て礼拝し、
    ku-kihi tapan.  まつる次第であります。
    peure-utar  若い人々、
    shukup-kur mashkin  青年男女は愈々、
    shukuprewetok  その生先において、
    a-e-ko-irawe  我々が心から待望することは、
    usapkipirkap  その生業を立派に営んでゆくこと、
    iki rok hine  でありますが、
    ku-akinishpa  私の弟君が、
    巴-yai-kamui or  その神々に対し、
    e-kotomtepe  敬意を捧げんため心をこめて
    建てて差上げたのは、
    peure kenru  年若い家、
    chise katkemat  家の夫人神
    ne ruwe tapan.  であります。
    sekoran kusu  そういう訳で、
    chise-nomi tap.  かく新室寿ぎの神事を行っている次第です。
    t巴eta anak  また往時は、
    ekashi uta r  私達の祖翁らは、
    n 巴p inomi  如何なる祈り、
    nep inau-ashi  如何なる神祭りを、
    sekoran yakka  行う折にも、
    eattukonno  ただひたすらに、
    shinrit puri  先祖以来の風習を、
    kamui keutum  神々の御心に対し、
    e-ko-w airuke  手落ちなく、
    e-ko-tomtek  鄭重に営んで、
    oka rok yak ka  来たのですが、
    tane anak ne  この頃では、
    ne rokhika  その様にすることも、
    kiki-chituye  差止められた、
    semkorachi  同様に、
    tonoかみirenka  お上の法律、
    hokampakusu  やかましくて、
    chipa-san kata  幣壇にあって、
    inau-uk kamui  木幣を取らせられる神々も、
    inau-uk shinrit  先祖の方々も、
    chi-emishimurep  心淋しく思われて、
    oka a yakka  居られたでしょうが、
    ku-aki nishpa  私の弟君が、
    tapamp e rekor  これぞ名づけて、
    kamui ko-inuina  神様にも知られぬ様こっそりとする、
    shomo hetap ne  という訳ではないが、
    ki rok katu  その様な仕方で、
    he-yai-kamui or  自分の祀る神々に、
    e-oteknure  工面し調えて、。
    oikiuship  用意したものは、
    shiroma ashikor  この豊御酒、
    inau-kor ashikor  削花もて斎い浄めた酒、
    ekashi tonoto  祖翁の神酒、
    ne rok kusu tap.  なのであります。
    iresu-kamui  (既に)火の姥神様が、
    tu pirka sonkoho  数々のよい御伝言、
    re pirka sonkoho  数多のよい御使りを
    koetamkeno  添えて、
    ekashi chipa-san  祖翁の幣所、
    chipa-sa nkashi  幣所の上に、
    e-tuki -uk -kuru  酒杯を受け給う神を、
    ekashi-nomi-kur  祖翁の祭った神々、
    shine ikinne  皆悉く、
    chi-inau-ukte  この木幣を納め、
    chi-tuki-ukt巴  この酒杯を御受け下さり、
    apunitar  平穏に、
    hopita mashkin  祭祀も了えましたが、扨て、
    shukup-kur tap  年若い男子である、
    ku-aki nishpa  私の弟君は、
    ne rok a yakne  である以上、
    shukup kokanno  その一生を通じて、
    peure kenru  この新宅の、
    kenruupshor  新宅の中で、
    pirka uwari  めでたく出産し、
    pirka usapte  無事に子供が生まれ、
    pirka ureshpa  恙なく育ち、
    pirka usapki  立派に生業が、
    ki rok kuni  営めます様に、
    nehi tapan na  して戴きたいと、
    hoshk i ku -i tak  先ず御願い申上げます
    oeepakita  次に、
    inau-uk kamui  私たちの御記りする神々の、
    tekkisamata  傍にあって、
    tapampe kusu  この為に (我々によって)、
    chikoitomte  鄭重に御祀りを、
    shinrittono  先祖の方々は、
    ai -e-karkarhi  されている、
    iki rok yakun  ことであるならば、
    peure utar  (この家に棲む)若い人々の、
    shukup ru wetoko  その生先永く、
    irawe kashi  希望を遂げ得ますよう、
    a-e-ko-punk ine  御加護下さって、
    inki patum  如何なる疫病が、
    utum-kush yakka  流行して来ましようとも、
    chianunkopa  他人と間違えられて襲われることの、
    ko-isam kuni  ないよう、
    tu -sasui -shir or  生の極み、
    re-sasui司shir or  末永く、
    chieomare  続いて、
    a-kor a punkine  あなた方の御冥助が、
    oka nank onna.  あります様御願いいたします。
    naa samata  それと同時に、
    tapampe kusu  このために、
    al -e-tomte  恭しく、
    a -k o-onkami  御供えいたしました、
    tonoto otta  酒も、
    shirari tura  酒糟も、
    shito maratto  粢餅も、
    asa aepi  その他諸々の食物、
    tampako haru  煙草も、
    inau eturen  木幣に添えて、
    ne rok a yakne  御供えする訳ですから、
    n巴hikorachi  それ等をそのまま、
    a-e-maratto kor  御土産に御持ち帰りになって、
    a-eshiepeyar  他の方々にも御頒ち、
    newane yakne  下さったら、
    shin巴ikinne  皆一筋に、
    shinrit punkine  先祖だちの御守護が、
    oka nankon na.  あることでしょう
    o eepakita  更に又、
    nishpa inne  長者も多く、
    uta叩a mne  首領も数多く、
    shiran yakka  居られるにもかかわらず、
    ikir tumta  その中から、
    ku-wei shirhi  私の様な拙い者、
    ita kkomoyo  雄弁でもなく、
    wayasap amu  愚昧な人間、
    ku-ne rok hine  である者が、
    chie-numshi  特に選ぴ、
    a-巴n-ekarkar  出された、
    sekor-an mashkin  ことであれば、いとど、
    tu-itak utur  詞のあいだ、
    re-itak utur  言葉のあいだ、
    uhaita ya kka  落度がありましようとも、
    iresu-kamui  火の姥神様の、
    pirka sonko  勿体ない御口添えを、
    kamui tunchi-mat  その配下の媛神だちが、
    e-sonko-ampa  それをあなた方に御伝え下さり、
    ne tekkisama  それと同時に、
    e-kopunkinep  守護して呉れる、
    巴kashi mutpe  祖翁伝来の(はい)刀、
    ne rok a yakne  もかく()びていることですから、
    ani epitta  かく申上げる凡ての私の言葉を、
    uhaita sakno  落ちなく、
    a刊rka nu wa  よく御聞入れ下さった、
    shiran nankor.  ことでありましょう。
    sekoran yakun  さて、
    hanke tuima  近くや遠くの村々に、
    u tari innep  一族も多く、
    apa ko-innep  親戚も多い、
    klトakinishpa  我が弟君(家の主人) のことですから、
    shinep shir-ne  それ等の人々も皆一様に、
    popke oka  健かく暮らし、
    apunno oka  平穏に暮らし、
    pahau sakno  悪い風聞など立つことなく、
    ne rok kuni  あります様に、
    nehi tapan na  と御願い申上げて、
    pakno ku-ye.  私の言葉を了えます。
    apunitar  心和やかに、
    itak kurkashi  私の言葉の上を、
    chikohosari  御顧み下されて、
    shinrit punkine  祖先の御加護を、
    okanankon na  賜わることは疑いありません。
    ha e e e!  ハー エ エ エ!

      同上, pp.59-61
    C 佩刀 emushi に対する祈詞 (酒箸でこれに酒を滴らせていう)
    祖翁伝来の佩刀よ!
    祖翁の子孫である私は、甚だ心許なく思います故、火の姥神様が、私の禱詞の足らないところを種々御口添え下さって御伝言下さいました。
    そのよき伝言の傍を、御守り下さる様、あなたにも御頼み致しました次第であります。
    先祖の方々の召上った御余りを喜んで御受け下さい。
    D 祭冠 sapaunpe に対する祈詞 (酒を滴らせつつ)
    祖翁伝来の札冠よ!
    祖々に対する礼拝、先祖方への供養を私が営みます傍を、御護り下さった訳でありますから、先祖の御飲みになった御余りを喜んで御受け下さい。
    E 酒の神 Tonoto kamui に対する祈詞
    酒の神よ!
    祖先の方々の御余りを以て礼拝いたします。
    酒の神の明るい和やかな御心に対し、その御栄えを祝福いたします。
    F 酒糟 sat-shirari に対する祈詞
    今かくの如く、酒糟を添え、祖霊をお祀り致しました次第でありますから、それと共に、先祖の方々にも、過ち怪我されることもなく22)お帰りになり、またあの世で楽しく興じ合われることでしょう。
    我々も亦今日は楽しく興じ遊んで、怪我過ち等することもなく、この祭祀を了え、家に帰ることでありましょう。
    G 火の姥神への感謝の禱詞
    私はこの務めに選ばれて、甚だ覚束ないにもかかわらず、あなたの御口添えの立派な御言葉に、祖翁以来の豊御酒、木幣の善美なるもの、それに種々食物を添え捧げて、先祖に対する祭祀を終えました。
    あなたの尊い御心に対して、深く首をたれ、御礼申上げる次第でございます。


    引用文献
    • 久保寺逸彦 (1952) :「沙流アイヌの祖霊祭祀」, 民俗学研究, 第16巻, 3-4号, 1952.
        収載 : 佐々木利和[編]『久保寺逸彦著作集1: アイヌ民族の宗教と儀礼』, 草風館, 2001, pp.39-69