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久保寺逸彦 (1952), p.55
A 祖霊祭祀の儀の行われる際、先ず火の姥神 Ape-huchi にいう禱詞。
私だちを育てて下さる火の大御神様!
この国土を領らす姥神様!
次の様なことを私たち一同、あなたの尊い御心に向って希望申上げますことは真実偽りのないところです。
あなたの御膝許の横座に敷設けた祭の花茣蓙の上に、あなたが重んじ座を占めさせて居られるのは、豊御酒の神 Tonoto-kamui、祖翁以来の大御酒であります故、それに加え、祭の花茣蓙の上から、あなた様の御伝言の、数多のよい御言葉、数々のよい御音信を、この木幣と諸共に、外庭の幣壇、幣壇の上に鎮まりまして、木幣を納受なさる神々たち (大幣神・森の神・狩猟神・水の神等) が残らず酒杯を手に御執り下さる様、また木幣をお納め下さる様、御取計らい下さって、一先ず神々への礼拝も了えた次第であります。
さて、その他に、昔から、ずっと古くから、大幣産土神の下座にあって、私たちが尊び、木幣を供え来ったのは、先祖の方々でありますので、今神々を祀ると同時に、削花で斎い飾った神酒に、祖翁の掟のままに作った木幣、なお、私たちを養って呉れる種々の食糧、人間の国土の食物の善美なものに、酒糟も添え、また菓子類、煙草なども一緒にして、今あなたの御膝許 (横座) に並べ据えた次第であります。
そういう訳ですから、いつもして下さる様に、この度も、あなたの御口添えを、木幣や酒に添えて下さって、私たちが、私たちの木幣を納受され、酒杯をお納め下さる先祖の方々に、祭祀供養が出来る様にさせて下さい。
その様なことは、あなた御自身でなさるのは勿体ないから、あなたの配下として下座に相並んで居られる女神たちの中から、雄弁の点からも、心の確りしている点からも、あなたの最も頼むに足りる女神を御選び下さって、その女神を以て、あなたの御言葉を伝えさせて下さい。
そうして下さったら、祖翁以来、祈って来た神々の、私たちへの御加護がある上、更に私どもの祖先の方々の御冥助もあるでありましょう。
どうか、万事恙なく、過ちなく、この祭祀が済みます様、私たちの傍を御守護なさって下さいませ。
ハー エ エ エ ! 14)
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同上, pp.56-59
B 祖霊への禱詞 shinrit orun inonno-itak
Nusakor kamui | | 大幣の神の、 |
kamui kunchi-kese | | 神の下座にあって、 |
chikopasere | | 私達が尊び祀り、 |
inau uk shinrit ! | | 私達の捧げる木幣を納め給う祖霊達よ |
tukiuk shinrit ! | | 酒杯を納受し給う先祖方よ |
tap anakne | | ただ今、 |
ekashi tonoto | | 祖翁以来の豊神酒、 |
inau-kor-ashkor | | 削花にて斎い浄めた大御酒、 |
ekashi-kor inau | | 祖翁以来の木幣、 |
usa haruhu | | 諸々の食糧、 |
haru pirkapi | | 供物の善美なるもの、 |
tampakuura | | 煙草もろとも、 |
usa topempe | | 菓子のたぐい、 |
tap opl tta | | これ等すべてのものは、 |
ku-aki nishpake | | 私の弟君なる首領が、 |
ashikor ork e | | その手で、 |
e-yuptek akusu | | 働き勤めて調えたもの故、 |
tapampe neno | | この様に、 |
a-pase keutum | | あなた方先祖の尊い御心に対し、 |
e-rik-uiruke | | 手を上げ、 |
e-ra-u iruke | | 下げして恭々しく、 |
tonotokamui | | 酒の神 (酒の敬称)、 |
e-ko-onkami | | を以て礼拝し、 |
ku-kihi tapan. | | まつる次第であります。 |
peure-utar | | 若い人々、 |
shukup-kur mashkin | | 青年男女は愈々、 |
shukuprewetok | | その生先において、 |
a-e-ko-irawe | | 我々が心から待望することは、 |
usapkipirkap | | その生業を立派に営んでゆくこと、 |
iki rok hine | | でありますが、 |
ku-akinishpa | | 私の弟君が、 |
巴-yai-kamui or | | その神々に対し、 |
e-kotomtepe | | 敬意を捧げんため心をこめて 建てて差上げたのは、 |
peure kenru | | 年若い家、 |
chise katkemat | | 家の夫人神 |
ne ruwe tapan. | | であります。 |
sekoran kusu | | そういう訳で、 |
chise-nomi tap. | | かく新室寿ぎの神事を行っている次第です。 |
t巴eta anak | | また往時は、 |
ekashi uta r | | 私達の祖翁らは、 |
n 巴p inomi | | 如何なる祈り、 |
nep inau-ashi | | 如何なる神祭りを、 |
sekoran yakka | | 行う折にも、 |
eattukonno | | ただひたすらに、 |
shinrit puri | | 先祖以来の風習を、 |
kamui keutum | | 神々の御心に対し、 |
e-ko-w airuke | | 手落ちなく、 |
e-ko-tomtek | | 鄭重に営んで、 |
oka rok yak ka | | 来たのですが、 |
tane anak ne | | この頃では、 |
ne rokhika | | その様にすることも、 |
kiki-chituye | | 差止められた、 |
semkorachi | | 同様に、 |
tonoかみirenka | | お上の法律、 |
hokampakusu | | やかましくて、 |
chipa-san kata | | 幣壇にあって、 |
inau-uk kamui | | 木幣を取らせられる神々も、 |
inau-uk shinrit | | 先祖の方々も、 |
chi-emishimurep | | 心淋しく思われて、 |
oka a yakka | | 居られたでしょうが、 |
ku-aki nishpa | | 私の弟君が、 |
tapamp e rekor | | これぞ名づけて、 |
kamui ko-inuina | | 神様にも知られぬ様こっそりとする、 |
shomo hetap ne | | という訳ではないが、 |
ki rok katu | | その様な仕方で、 |
he-yai-kamui or | | 自分の祀る神々に、 |
e-oteknure | | 工面し調えて、。 |
oikiuship | | 用意したものは、 |
shiroma ashikor | | この豊御酒、 |
inau-kor ashikor | | 削花もて斎い浄めた酒、 |
ekashi tonoto | | 祖翁の神酒、 |
ne rok kusu tap. | | なのであります。 |
iresu-kamui | | (既に)火の姥神様が、 |
tu pirka sonkoho | | 数々のよい御伝言、 |
re pirka sonkoho | | 数多のよい御使りを |
koetamkeno | | 添えて、 |
ekashi chipa-san | | 祖翁の幣所、 |
chipa-sa nkashi | | 幣所の上に、 |
e-tuki -uk -kuru | | 酒杯を受け給う神を、 |
ekashi-nomi-kur | | 祖翁の祭った神々、 |
shine ikinne | | 皆悉く、 |
chi-inau-ukte | | この木幣を納め、 |
chi-tuki-ukt巴 | | この酒杯を御受け下さり、 |
apunitar | | 平穏に、 |
hopita mashkin | | 祭祀も了えましたが、扨て、 |
shukup-kur tap | | 年若い男子である、 |
ku-aki nishpa | | 私の弟君は、 |
ne rok a yakne | | である以上、 |
shukup kokanno | | その一生を通じて、 |
peure kenru | | この新宅の、 |
kenruupshor | | 新宅の中で、 |
pirka uwari | | めでたく出産し、 |
pirka usapte | | 無事に子供が生まれ、 |
pirka ureshpa | | 恙なく育ち、 |
pirka usapki | | 立派に生業が、 |
ki rok kuni | | 営めます様に、 |
nehi tapan na | | して戴きたいと、 |
hoshk i ku -i tak | | 先ず御願い申上げます |
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oeepakita | | 次に、 |
inau-uk kamui | | 私たちの御記りする神々の、 |
tekkisamata | | 傍にあって、 |
tapampe kusu | | この為に (我々によって)、 |
chikoitomte | | 鄭重に御祀りを、 |
shinrittono | | 先祖の方々は、 |
ai -e-karkarhi | | されている、 |
iki rok yakun | | ことであるならば、 |
peure utar | | (この家に棲む)若い人々の、 |
shukup ru wetoko | | その生先永く、 |
irawe kashi | | 希望を遂げ得ますよう、 |
a-e-ko-punk ine | | 御加護下さって、 |
inki patum | | 如何なる疫病が、 |
utum-kush yakka | | 流行して来ましようとも、 |
chianunkopa | | 他人と間違えられて襲われることの、 |
ko-isam kuni | | ないよう、 |
tu -sasui -shir or | | 生の極み、 |
re-sasui司shir or | | 末永く、 |
chieomare | | 続いて、 |
a-kor a punkine | | あなた方の御冥助が、 |
oka nank onna. | | あります様御願いいたします。 |
naa samata | | それと同時に、 |
tapampe kusu | | このために、 |
al -e-tomte | | 恭しく、 |
a -k o-onkami | | 御供えいたしました、 |
tonoto otta | | 酒も、 |
shirari tura | | 酒糟も、 |
shito maratto | | 粢餅も、 |
asa aepi | | その他諸々の食物、 |
tampako haru | | 煙草も、 |
inau eturen | | 木幣に添えて、 |
ne rok a yakne | | 御供えする訳ですから、 |
n巴hikorachi | | それ等をそのまま、 |
a-e-maratto kor | | 御土産に御持ち帰りになって、 |
a-eshiepeyar | | 他の方々にも御頒ち、 |
newane yakne | | 下さったら、 |
shin巴ikinne | | 皆一筋に、 |
shinrit punkine | | 先祖だちの御守護が、 |
oka nankon na. | | あることでしょう |
o eepakita | | 更に又、 |
nishpa inne | | 長者も多く、 |
uta叩a mne | | 首領も数多く、 |
shiran yakka | | 居られるにもかかわらず、 |
ikir tumta | | その中から、 |
ku-wei shirhi | | 私の様な拙い者、 |
ita kkomoyo | | 雄弁でもなく、 |
wayasap amu | | 愚昧な人間、 |
ku-ne rok hine | | である者が、 |
chie-numshi | | 特に選ぴ、 |
a-巴n-ekarkar | | 出された、 |
sekor-an mashkin | | ことであれば、いとど、 |
tu-itak utur | | 詞のあいだ、 |
re-itak utur | | 言葉のあいだ、 |
uhaita ya kka | | 落度がありましようとも、 |
iresu-kamui | | 火の姥神様の、 |
pirka sonko | | 勿体ない御口添えを、 |
kamui tunchi-mat | | その配下の媛神だちが、 |
e-sonko-ampa | | それをあなた方に御伝え下さり、 |
ne tekkisama | | それと同時に、 |
e-kopunkinep | | 守護して呉れる、 |
巴kashi mutpe | | 祖翁伝来の佩刀、 |
ne rok a yakne | | もかく佩びていることですから、 |
ani epitta | | かく申上げる凡ての私の言葉を、 |
uhaita sakno | | 落ちなく、 |
a刊rka nu wa | | よく御聞入れ下さった、 |
shiran nankor. | | ことでありましょう。 |
sekoran yakun | | さて、 |
hanke tuima | | 近くや遠くの村々に、 |
u tari innep | | 一族も多く、 |
apa ko-innep | | 親戚も多い、 |
klトakinishpa | | 我が弟君(家の主人) のことですから、 |
shinep shir-ne | | それ等の人々も皆一様に、 |
popke oka | | 健かく暮らし、 |
apunno oka | | 平穏に暮らし、 |
pahau sakno | | 悪い風聞など立つことなく、 |
ne rok kuni | | あります様に、 |
nehi tapan na | | と御願い申上げて、 |
pakno ku-ye. | | 私の言葉を了えます。 |
apunitar | | 心和やかに、 |
itak kurkashi | | 私の言葉の上を、 |
chikohosari | | 御顧み下されて、 |
shinrit punkine | | 祖先の御加護を、 |
okanankon na | | 賜わることは疑いありません。 |
ha e e e! | | ハー エ エ エ! |
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同上, pp.59-61
C 佩刀 emushi に対する祈詞 (酒箸でこれに酒を滴らせていう)
祖翁伝来の佩刀よ!
祖翁の子孫である私は、甚だ心許なく思います故、火の姥神様が、私の禱詞の足らないところを種々御口添え下さって御伝言下さいました。
そのよき伝言の傍を、御守り下さる様、あなたにも御頼み致しました次第であります。
先祖の方々の召上った御余りを喜んで御受け下さい。
D 祭冠 sapaunpe に対する祈詞 (酒を滴らせつつ)
祖翁伝来の札冠よ!
祖々に対する礼拝、先祖方への供養を私が営みます傍を、御護り下さった訳でありますから、先祖の御飲みになった御余りを喜んで御受け下さい。
E 酒の神 Tonoto kamui に対する祈詞
酒の神よ!
祖先の方々の御余りを以て礼拝いたします。
酒の神の明るい和やかな御心に対し、その御栄えを祝福いたします。
F 酒糟 sat-shirari に対する祈詞
今かくの如く、酒糟を添え、祖霊をお祀り致しました次第でありますから、それと共に、先祖の方々にも、過ち怪我されることもなく22)お帰りになり、またあの世で楽しく興じ合われることでしょう。
我々も亦今日は楽しく興じ遊んで、怪我過ち等することもなく、この祭祀を了え、家に帰ることでありましょう。
G 火の姥神への感謝の禱詞
私はこの務めに選ばれて、甚だ覚束ないにもかかわらず、あなたの御口添えの立派な御言葉に、祖翁以来の豊御酒、木幣の善美なるもの、それに種々食物を添え捧げて、先祖に対する祭祀を終えました。
あなたの尊い御心に対して、深く首をたれ、御礼申上げる次第でございます。
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引用文献
- 久保寺逸彦 (1952) :「沙流アイヌの祖霊祭祀」, 民俗学研究, 第16巻, 3-4号, 1952.
収載 : 佐々木利和[編]『久保寺逸彦著作集1: アイヌ民族の宗教と儀礼』, 草風館, 2001, pp.39-69
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