Up 酒宴 作成: 2019-02-04
更新: 2019-02-04


      Munro (1962), pp.133-138
    容が挨拶を終えてみんなが再び席に着くと本格的な酒宴が始りますが、この時には大抵の男たちは思いのままに好きなだけ酒を飲むことが出来ます。
    この時の家の主人はその役目柄から,〈サケ サンケ クル〉(酒を注いでくれる人) というそれに相応しい名称で呼ばれます。
    彼は空になった酒杯を手にすると,それを押し戴いてその腹を(こす)ります。
    座にいる男たちもみんな同じように両手を押し戴いて挨拶を交わします。
    これが合図となってこの家の妻は酒杯に濁り酒を満たします。
    家の主人はその酒杯を受け取って酒宴を取り仕切る長老に手渡します。
    長老は捧酒箸を使って、その酒杯から濁り酒のしずくを〈チセイ コロ カムイ〉に向かって散らすように撒きかけます。
    次いで捧酒箸を酒杯の縁に載せ、その先を〈チセイ コロ カムイ〉の方に向けたまま、人々を護り恵みを垂れ給えといういつも通りの祈りの言葉を唱えます。
    この後長老は、自分は捧酒の仕方に疎いのでとことわりつつ、また人々を護ってもらいたいと短い祈りの一言葉を唱えながら、自分の身体に吊した剣と頭にかぶった冠にも少しずつ濁り酒のしずくを落とします。
    長老のこの手順が終わると、二列になって上座に座っている主要な人物たちそれぞれに儀式ばったしぐさで〈イオマレ〉(酒を注ぐこと) がなされます。
    役目をあずかる長老と家の主人が座っている席から見て、最も近くに席を占めている人物から順に酒を注ぎ始めます。 ‥‥‥
    やがて、この酒宴を取り仕切る長老は、この座を歌と踊りの場に変えて宴を進めます。
    家の主人は長老の手をそっと取って立ち上がらせ、酒を入れた容器の前に案内します。
    この時に行われる踊りは〈タプカラ〉と呼ばれ、両足を交互に上げて同じ場所を踏みつけ、また時には左右前後を断みつけて拍子を取ります。
    長老は、「歌詞の無い歌」に合わせて踊っています。
    つまり口にでる言葉を抑えて静かに、それでも音楽の旋律を帯びた聖歌のような調べが踊りに合わせて流れています。
    これは、周りにいる他の長老たちが彼ら特有の単調な音曲を一斉に響かせているのですが、これは先祖代々伝えられた音の調べであると言われています。
    長老が踊る時には、両腕を開いて上に挙げ、(ひじ)を身体の脇に付けたり上下させたりしています。
    最初は東の窓を向いて踊りますが、これは屋外の祭壇に祀られている〈カムイ〉たちに向けて踊っているのです。
    次いで北を向いて〈チセイ コロ カムイ〉に踊りを見せます。
    その後、自分の席に戻る前に、南側にある囲炉裏の方へ一、二歩進んで踊りを終えます。
    最後の踊りは一見平凡なように見えますが、しかし全体を通じてこの踊りの技は、明らかに人々に恵みを垂れる神々への儀式としての挨拶であることがわかります。
    時によっては、この家の妻でない中年かそれ以上の年齢の一人の婦人が、長老の足取りや挨拶のしぐさを真似ながらすぐ後について行くことがありますが、それが二人、三人となってついて行くこともあります。
    ただし、人格が優れているとされている婦人だけにしか、このような神聖な儀礼に関与することは許されていません。
    こうして、家の主人は長老を案内してもとの席に着かせます。
    この祭儀が続けられている際に、酒精分が発酵し始めたために、家屋の南東の隅にいるいたずらな悪霊どもが動きだすことに注意を払わなければなりません。
    この悪霊どもが酒を損なう不届きな仕業を抑えるために、その隅に向かって酒を守護するための儀礼的な挨拶を行ってその動きを阻止します。
    この時座にいる者たちは、代わる代わる思いのままに声を張り上げてこの踊りに合いの手を入れます。
    この踊りも、〈サケ ハウ〉(男が踊る時の歌) も、一見何の技巧も凝らしていないように見えますが、実際には足踏みをしたり、発声の仕方、声の振るわせ方、音色の変化などを調子よく進めるためには、かなりの場数を踏んでいなければ出来るものではありません。
    長老たちが見れば、歌や踊りの巧拙はすぐに見抜くことが出来ます。
    それに下手な歌や踊りは、歌舞の何たるかを知悉(ちしつ)していた先祖の霊魂を辱めることにもなる、とまで一言う人々もいます。
    酒が身体にまわって来ると、皆はよく喋り、歌も出るようになります。
    その騒ぎ声は、まるで「初夏の蛙が一斉に鳴きたてる」ような賑やかさです。
    滅多に酒を飲まない女性たちも今宵は存分に飲み、濁り酒の入った〈シントコ〉の蓋の周りに円座を作り、〈ウポポ〉(座歌) を歌って楽しく時を過ごします。
    この〈ウポポ〉は一種の輪唱の形式をしたもので、一人あるいは複数の者たちが曲の一節を歌い始め、その調べが終わるか終わらないうちに次の者たちがそれを繰り返して歌います。‥‥‥
    女性たちは歌う楽しさですっかり夢中になっていますが、その声のひびきは聞く者をうっとりきせてしまいます。
    踊りもまた彼女たちの楽しみであり、歌と踊りは、リズムの中に満たされた情感をのびのびと表現させることで、彼女たちの日々の苦役をすっかり忘れさせてくれるのです。
    時によっては、〈ウポポ〉自体が歌と踊りの両方を指す場合もあります。またその他の踊りの中には、一言、二言、あるいは数音節の言葉を歌にして、それに合わせて踊るものもあります。
    踊りには、実に多くの種類があります。
    部屋の上座で長老の〈タプカラ〉(男性の舞い) が行われている間、女性たちや若い男たちは〈シントコ〉の蓋の周りで踊り始め、やがては囲炉裏の周りに大きな輪を作って〈リムセ〉(輪になった踊り) を続けます。
    この輪舞は何時でも右廻りに進むことになっています。
    左廻りに進むことは不吉であるとされているからです。
    囲炉裏の周りで輪になって踊るのは何も若い人々だけではありません。
    七十歳、八十歳の男女もこの踊りに参加して、結構楽しんでいるのです。
    踊りは夜明け前まで続けられますが、その頃にはもう人の数も疎らになっています。
    酒宴が終わりに近づいてゆく間にも、いくつかの儀式上のしきたりのあることがわかります。‥‥‥
    酒宴の席から帰る人々は皆、儀式にかなった挨拶をして辞去することになっています。
    さらに酒宴の席に居残る人々は、囲炉裏の上座に少人数で二列になって座り、この儀式の始まる前の形を整えています。
    まだ少し残っている濁り酒の入った容器は、囲炉裏の上座から運んで来て神聖な茣蓙の上に置きます。
    この時に、部屋の下座に座っていた女性たちが儀式の終わりを告げる踊りを始めるのがしきたりになっています。
    これは儀式の中で最後に踊る伝統的な踊りです。
    この踊りは〈ハララキ〉(野鴨の踊り・水鳥の踊り) と呼ばれていて、〈ハララ〉と音を立てて踊ることを指しています。
    これは、いつでも「ルル、ルル、ルル」と声を立てながら踊るからで、まるでそれが羽ばたいて飛び立つ鳥のように見えるのです。
    確かにこれは、鳥を真似て作られた踊りでありましょう。
    踊り手は皆、着物の両方の袖端(そではし)を指と手のひらの間でしっかりと掴んで伸ばし、伸ばした両腕が交互に上下するように身体を左右に揺らせて踊ります。‥‥‥
    この踊りは単に娯楽として、これとは別の機会に行われることもありますが、祭時においては一番最後に踊ることになっています。‥‥‥
    濁り酒を入れてある容器が空になると、これを部屋の北東の隅に移します。
    最後まで残されていた一本の逆に削った〈イナウ〉が囲炉裏の中で燃やされ、神聖な茣蓙は北側の壁近くに移動されます。
    そこはまた、〈チセイ コロ イナウ〉が安置される場所となり、この〈イナウ〉は神聖な茣蓙の上の茅葺きの壁に高く突き挿されます。
    かなりの人数の仲間たちが囲炉裏の周りに集まり、昔話に耳を傾けています。
    今なお英雄叙事詩や伝説にかなり詳しい人々がいて、囲炉裏の枠を棒で叩いて拍子を取りながら語り続け、周りにいる者たちはそれにすっかり魅了されてしまっています。
    皆は物語に心を奪われて、時の経つのも忘れています。
    私はその後にも何度か酒宴に列席させてもらいましたが、ある年、十二月のある日の朝五時頃にこの酒宴の行われた家を訪れたところ、そこに集まった数人の者たちがこの物語を夢中になって聞いておりました。
    正午近くまでいた人々はやがて名残り惜しげにそれぞれの家に戻って行きました。



  • 引用文献
    • Munro, Neil Gordon (1962) : B.Z.Seligman [編] : Ainu Creed And Cult, 1962
      • 小松哲郎[訳]『アイヌの信仰とその儀式』. 国書刊行会. 2002