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久保寺逸彦 (1956), p.174-179
死体の包装 (仏教の納棺に当る) がすむと、死者に対して訣別の辞を告げる。
これを iyoitak-kote というが、原義は、i (それ=死者) o (の後へ) itak (詞) kote (付ける)で、「死者に言葉を送る」ということで、「告別の辞」の意である。
死者は、神の姿となって、もう人間の言葉は通じないものと信じられているので、先ず「火の女神Kamui-huch」に禱詞を述べ、その通弁 tunchi を予期しつゝ、次に、死者へ告辞を述べるのである。
‥‥
iyoitak kote の辞も、死者の性別、老幼、病死、横死等それぞれの場合により、多少、表現に違いのあるのはいうまでもないが、こゝには、男子の老人が病死した際のものを、一例として挙げる。
(Huō!)
Ku-kon nupepo ! ,
ku-kon nishpapo ! ,
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フォー!
我が涙子様!
我が仏様!
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uram-nukuri,
i-e-oripak,
ku-ki rok ahi,
saure ruwe ,
utotne ruwe,
shomo-ne yakka,
oripak tura,
ku-ki itakhi,
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あなたを畏れ憚る心がゆるみ、
その心が少くなった訳ではありませんが、
恐れながら、
あなたに申上げる次第です。
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nehi tapanna.
ene hetapne,
keutum pirkap ,
irenka pirkap,
shi-kotan otta,
ko-etamkeno ,
hanke tuima,
nishpa keutum,
a-e-ko-sanniyo,
shi-oshik-nuka-yar,
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あなたは、
あれ程まで、
心のよい、
和やかな心を持たれ、
あなたの村人ばかりでなく、
遠近の村の人々の心に対して、
いつも喜ばれる様に、
よく取計らわれ、
皆の人から信頼をかけられる様になさって居られましたし、
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a-ki rok yakun,
neita pakno,
utat turano,
a-maukesh kashi ,
e-nishte keutum,
ku-kon rok awa,
nep wen-kamui ,
kor sanniyo,
oka rok kusu,
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私どもも、
どこまでも、
他の村人と一緒に、
あなたの下風に立ち、
あなたを頼みとして居りましたのに、
如何なる悪魔のなせる仕業によってか、
あなたは病に患られました。
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nehi he tapan,
hanke tuima,
a-kon rok nishpa,
chiepuriwen,
kewe-chinishka,
i-ekarkar kusu,
naeusaine,
a-nomi kamui,
nupur keutum,
a-e-koshikirpa,
sekoran shir,
oka a yakne ,
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村人はいうに及ばず、
遠近の村人まで、
あなたのお身体を惜しみ、
種々骨折り、
私どもを守護して下さる神様たちの尊い御心に向って、
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neun poka,
uenishipi ,
kamui sanniyo,
shomoun ana,
ku-yainu rok wa,
iyaikookka,
kamui niukeshpe,
emko sama,
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どうにかして快癒させて下さる様に、
種々お願いして参ったのですが、
残念なことには、
今はもう神様も私たちも力及ばないことになって了いました。
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eor setakko,
chiram- shinkire,
moni-chituye,
ai-ekarkarhi,
ko-kiron-niukesh,
a-hekote kamui,
chi-tek-surarle,
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ずいぶん、永く、
苦しい思をされ、
精魂尽き、
体力も竭き果てて、
お亡くなりになり、
あなたはあなたの守護神から手を放されてしまいました。
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i-ekakar,
kamui shirkapo,
ai-e-uiruke,
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そして、
人間の姿を変えて、
神様の姿になられました。
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ne teksama,
a-kor a kotan,
kotanupshor,
e-rok a kamui ,
e-rok a nishpa,
ko-etamkeno,
hanketuima,
a-kon rok nishpa,
kamui eturen,
matainu tura,
chi-e-tutkopak,
chi-koitomte,
otu-keshto ta,
ore-keshto ta,
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それと同時に、
私どもの村の中に在す神々たち、
村人等は、
いうに及ばず、
又遠近の村の神々たち、
首領たちも、
その妻を伴ない、
あなたにお別れに、
お見送りに来られて、
こうして何日も、
懇ろに弔いました。
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tanto pakno,
chi-koitomte,
maratto-an shir,
nehi tapanna.
ehuine pakno,
tu-shiyok-keutum,
re-shiyok-keutum,
a-kor a yakka,
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本日は、愈々、もう、
あなたに鄭重な儀礼を以て、
供物もし、
一同お別れの饗応も一緒に頂きました。
我が仏様は、
どれ程、
この世を去られることがお心残りであり、
遺憾に思われることでありましょう。
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tane anakne,
utar a-kor,
apa a-kor,
sekor-an keutum,
a-sak nankonna.
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だが、今となっては、
村人のいたこと、
身内のあったなどという心は、
すっかり無くしておしまいなさい。
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eat-tukonno,
shinrit tono,
tekki-sama ta,
chikita heta,
a-e司koshirepa,
Sekoranpe tap,
keutum shirka ta,
a-kon nankonna.
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そして、
ただ一筋に、
先祖の人たちの許へ、
一刻も早く、
到着なさる様、
その事ばかりを、
心の上に掛けて思っていなさい。
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kirui mashkin,
ekashi toiru ka,
toiru ka un,
ai-epotar,
tapanpe kusu,
Shirampa-kamui ,
kamui ekashi,
keutum kashi ,
ae- koshikirup,
chi-nishuk kamui,
korachi anpe,
I-rura kuwa,
shinrit kuwa,
Oina kamui,
tekrukochi,
a-e-koikan rokpe,
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それでも、
祖々の通って行った道、
あの世への道の上を辿ってゆかれるあなたのことが、
余りにも、
気遣わしいので、
「森の大神」様にお願いして、
私たちが平素お祀りしてお護り頂いている神々同様に、
あなたを見送って下さる墓標 (irura kuwa) の神を、
アイヌの始祖オイナ神の御手の迹に倣って作りました。
どうか、
この墓標の神様と一緒にお出でなさい。
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ko-eturenno,
kiyanne kamui,
Wakka-ushi kamui,
nupur topehe ,
chi-nise wakka,
u-eturenno,
itekkisamaha,
e-ko-punkine,
newane yakne,
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又、これも尊い神である「水の女神」様が、
私たちにお恵み下さる有難い乳でありまする「掬み水 chinise wakka」も一緒に添えて、
墓標の神と共に、
あなたの身辺を守りながら、
送って戴こうと思います。
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a-ru etoko,
ko-maknatar,
oheuke sakno,
ekashi pirkap,
no-tonoho,
kirsam orke,
a-e-koshirepa,
ai-e-tomte,
ai-e-oteknurep,
a-e-marat-konna.
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あなたの行く道の先は、
白々と明るく見え渡るので、
そこを側目もふらず、
横道に逸れることなく、
真直に、
あなたの偉い先祖方の中の、
しまりをなさる一番偉い先祖様の所へ到着なさって、
今日、あなたの前に供えられた品々をお土産として差上げて下さい。
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tane anakne,
tap a-ye kuni,
kamui niukeshpe,
emkosama,
utom-tek-echiu,
a-ki rok shir,
nehi tapan na.
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今は、
昔から、人のよく言う様に、
「死は神の手にも及ばぬものj なのですから、
その様なお姿になられた以上、
私たち人間とは、お互に、之を最後として、
互に手を突張りあい u-tom-tek-e-chiu、
縁を切ってしまいましょう。
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oripak tura,
iki yakkaiki,
tutkopak itak,
iyoitak-kote,
chi-sura itak,
ku-ki hawe tapa na.
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恐れながら、こうして、
お別れの言葉 tutopak itak、
あなたを送る辞 iyoitak-kote を、
今は捨言葉 chi-sura-itak (我々が投げる言葉、云うだけで相手の返事を聞かぬ言葉) として、
お別れいたします。
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Ku-kon nup epo !
(Huō hoi ! )
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我が涙子よ!
フォーホイ!
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同上, p.179,180
金田一京助博士は、「アイヌの研究」p.313〜318 にアイヌの葬礼のことを叙べられた中に、iyoitak-kote の言葉を簡明に原文対訳で示されている。‥‥ 次に引照させて戴く。
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kukor anaishiri |
わたしのほとけさまよ |
kuron nupe-po |
わたしの涙子よ |
kuitak chiki |
わたしのいうことを |
pirikano nu ! |
ようく聞きなさいよ。 |
Tane anakne |
今はもう |
kamui ene wa |
お前は神様になって |
kamui ramatpo ieunu wa |
神様の魂がはいって |
ean koro anak |
いるんで |
ainu ye itak |
人間の言う言葉は |
shomo enu na |
聞えないんだろうが |
Eresu Huchi |
お前を育てたおばあさん |
tan kamui Huchi |
即ちこの火の神のおばあさん |
orowano |
からの |
chikashpaotte |
おしえさとしが |
aeekarakara kusu |
あったことだろうから |
koyairamatte |
しっかり,心をおちつけなさいよ。 |
Eki wa neyak |
そして |
etek rakupte |
お前が手をひらいた |
eteksurare |
お前が手をはなしてしまった |
moshiri ne yakun |
その国土であるから |
tane anakne |
今はもう |
shinrit moshiri |
親々の国 |
kamui moshiri |
神様たちの国 |
e-arapa kuni |
へ行くよう、 |
eruwetoko |
その前に |
Moshiri koro Huchi |
国土の主のおばあさん火の神さまが |
eshonkokushte |
そこへ伝言をやってあるから、 |
oheuke sakno |
まっすぐに |
shinrit moshiri |
親々の国 |
eeshirepa |
へ到着を |
ki kunip ne na |
するのですよ。 |
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と、火神に祈った後に死人の霊にいい、
愈々墓地へ死体を運んで、葬るときには、
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Shut teketok |
女の手仕事に世の始めに |
aeranke haru |
天から降された糧の |
pirika hike |
立派なのを |
cheha-rukore |
お前の糧に持たし |
aeekarakan na. |
てやるからな。 |
Ekashi pirikap |
祖先のおじいさんのいいおじいさん |
Huchi pirikap |
祖先のおばあさんのいいおばあさんへ |
se koimoka koro |
みやげにしょって |
eekarakan na |
もってっておあげなさい。 |
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といい、更に、墓標を立てると、それに向って又、次の様にいう。
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Ekashi kuwa |
おじいさんの杖の |
kuwa pennishi |
杖の先をば |
kotekramyupu |
しっかり手ににぎって |
eki nankon na |
おいでなさい。 |
kuwa pannishi |
杖の末をば |
koanramatte |
しっかり心をすえて |
eki nankon na. |
おいでなさい。 |
oheuke sakno |
まっすぐに |
ekashi kuwa |
おじいさんの杖に |
eshirurare |
おくられて |
ekashi toiru |
おじいさんたちの行った小径 |
Huchi toiru |
おばあさんたちの行った小径 |
toiru kashi |
その小径の上を |
eyaika-rire |
とおって |
huchi pirikap |
いいおばあさんたちが |
ekashi pirikap |
いいおじいさんたちが |
oriwak moshiri |
ちゃんと行っていらっしゃる国の |
kamui moshiri or |
神さまたちの棲む国へ |
eearapa shiri |
お前が今行くところだと、 |
eteksam kashi |
お前の行くすぐ前に |
kamui Huchi |
火の神さまが |
shonko kushte |
ことづてをちゃんとやって |
ki shiri ne na. |
あるのだからな。 |
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引用文献
- 久保寺逸彦 (1956) :「北海道アイヌの葬制一沙流アイヌを中心として」
- 民俗学研究, 第20巻, 1-2号, 3-4号, 1956.
- 収載 : 佐々木利和[編]『久保寺逸彦著作集1: アイヌ民族の宗教と儀礼』, 草風館, 2001, pp.103-263
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