Up 訣別の辞 作成: 2019-01-07
更新: 2019-01-07


      久保寺逸彦 (1956), p.174-179
    死体の包装 (仏教の納棺に当る) がすむと、死者に対して訣別の辞を告げる。
    これを iyoitak-kote というが、原義は、i (それ=死者) o (の後へ) itak (詞) kote (付ける)で、「死者に言葉を送る」ということで、「告別の辞」の意である。
    死者は、神の姿となって、もう人間の言葉は通じないものと信じられているので、先ず「火の女神Kamui-huch」に禱詞を述べ、その通弁 tunchi を予期しつゝ、次に、死者へ告辞を述べるのである。
     ‥‥
    iyoitak kote の辞も、死者の性別、老幼、病死、横死等それぞれの場合により、多少、表現に違いのあるのはいうまでもないが、こゝには、男子の老人が病死した際のものを、一例として挙げる。

    (Huō!)
    Ku-kon nupepo ! ,
    ku-kon nishpapo ! ,

       フォー!
    我が涙子様!
    我が仏様!

    uram-nukuri,
    i-e-oripak,
    ku-ki rok ahi,
    saure ruwe ,
    utotne ruwe,
    shomo-ne yakka,
    oripak tura,
    ku-ki itakhi,

       あなたを畏れ憚る心がゆるみ、
    その心が少くなった訳ではありませんが、
    恐れながら、
    あなたに申上げる次第です。

    nehi tapanna.
    ene hetapne,
    keutum pirkap ,
    irenka pirkap,
    shi-kotan otta,
    ko-etamkeno ,
    hanke tuima,
    nishpa keutum,
    a-e-ko-sanniyo,
    shi-oshik-nuka-yar,
       あなたは、
    あれ程まで、
    心のよい、
    和やかな心を持たれ、
    あなたの村人ばかりでなく、
    遠近の村の人々の心に対して、
    いつも喜ばれる様に、
    よく取計らわれ、
    皆の人から信頼をかけられる様になさって居られましたし、
    a-ki rok yakun,
    neita pakno,
    utat turano,
    a-maukesh kashi ,
    e-nishte keutum,
    ku-kon rok awa,
    nep wen-kamui ,
    kor sanniyo,
    oka rok kusu,

       私どもも、
    どこまでも、
    他の村人と一緒に、
    あなたの下風に立ち、
    あなたを頼みとして居りましたのに、
    如何なる悪魔のなせる仕業によってか、
    あなたは病に患られました。

    nehi he tapan,
    hanke tuima,
    a-kon rok nishpa,
    chiepuriwen,
    kewe-chinishka,
    i-ekarkar kusu,
    naeusaine,
    a-nomi kamui,
    nupur keutum,
    a-e-koshikirpa,
    sekoran shir,
    oka a yakne ,
       村人はいうに及ばず、
    遠近の村人まで、
    あなたのお身体を惜しみ、
    種々骨折り、
    私どもを守護して下さる神様たちの尊い御心に向って、
    neun poka,
    uenishipi ,
    kamui sanniyo,
    shomoun ana,
    ku-yainu rok wa,
    iyaikookka,
    kamui niukeshpe,
    emko sama,

       どうにかして快癒させて下さる様に、
    種々お願いして参ったのですが、
    残念なことには、
    今はもう神様も私たちも力及ばないことになって了いました。

    eor setakko,
    chiram- shinkire,
    moni-chituye,
    ai-ekarkarhi,
    ko-kiron-niukesh,
    a-hekote kamui,
    chi-tek-surarle,

       ずいぶん、永く、
    苦しい思をされ、
    精魂尽き、
    体力も竭き果てて、
    お亡くなりになり、
    あなたはあなたの守護神から手を放されてしまいました。

    i-ekakar,
    kamui shirkapo,
    ai-e-uiruke,

       そして、
    人間の姿を変えて、
    神様の姿になられました。


    ne teksama,
    a-kor a kotan,
    kotanupshor,
    e-rok a kamui ,
    e-rok a nishpa,
    ko-etamkeno,
    hanketuima,
    a-kon rok nishpa,
    kamui eturen,
    matainu tura,
    chi-e-tutkopak,
    chi-koitomte,
    otu-keshto ta,
    ore-keshto ta,

       それと同時に、
    私どもの村の中に(いま)す神々たち、
    村人等は、
    いうに及ばず、
    又遠近の村の神々たち、
    首領たちも、
    その妻を伴ない、
    あなたにお別れに、
    お見送りに来られて、
    こうして何日も、
    懇ろに弔いました。

    tanto pakno,
    chi-koitomte,
    maratto-an shir,
    nehi tapanna.

    ehuine pakno,
    tu-shiyok-keutum,
    re-shiyok-keutum,
    a-kor a yakka,

       本日は、愈々、もう、
    あなたに鄭重な儀礼を以て、
    供物もし、
    一同お別れの饗応も一緒に頂きました。

    我が仏様は、
    どれ程、
    この世を去られることがお心残りであり、
    遺憾に思われることでありましょう。

    tane anakne,
    utar a-kor,
    apa a-kor,
    sekor-an keutum,
    a-sak nankonna.

       だが、今となっては、
    村人のいたこと、
    身内のあったなどという心は、
    すっかり無くしておしまいなさい。


    eat-tukonno,
    shinrit tono,
    tekki-sama ta,
    chikita heta,
    a-e司koshirepa,
    Sekoranpe tap,
    keutum shirka ta,
    a-kon nankonna.

       そして、
    ただ一筋に、
    先祖の人たちの許へ、
    一刻も早く、
    到着なさる様、
    その事ばかりを、
    心の上に掛けて思っていなさい。

    kirui mashkin,
    ekashi toiru ka,
    toiru ka un,
    ai-epotar,
    tapanpe kusu,
    Shirampa-kamui ,
    kamui ekashi,
    keutum kashi ,
    ae- koshikirup,
    chi-nishuk kamui,
    korachi anpe,
    I-rura kuwa,
    shinrit kuwa,
    Oina kamui,
    tekrukochi,
    a-e-koikan rokpe,

       それでも、
    祖々(おやおや)の通って行った道、
    あの世への道の上を辿ってゆかれるあなたのことが、
    余りにも、
    気遣わしいので、
    「森の大神」様にお願いして、
    私たちが平素お祀りしてお護り頂いている神々同様に、
    あなたを見送って下さる墓標 (irura kuwa) の神を、
    アイヌの始祖オイナ神の御手の迹に倣って作りました。
    どうか、
    この墓標の神様と一緒にお出でなさい。


    ko-eturenno,
    kiyanne kamui,
    Wakka-ushi kamui,
    nupur topehe ,
    chi-nise wakka,
    u-eturenno,
    itekkisamaha,
    e-ko-punkine,
    newane yakne,

       又、これも尊い神である「水の女神」様が、
    私たちにお恵み下さる有難い乳でありまする「掬み水 chinise wakka」も一緒に添えて、
    墓標の神と共に、
    あなたの身辺を守りながら、
    送って戴こうと思います。


    a-ru etoko,
    ko-maknatar,
    oheuke sakno,
    ekashi pirkap,
    no-tonoho,
    kirsam orke,
    a-e-koshirepa,
    ai-e-tomte,
    ai-e-oteknurep,
    a-e-marat-konna.

       あなたの行く道の先は、
    白々と明るく見え渡るので、
    そこを側目もふらず、
    横道に逸れることなく、
    真直に、
    あなたの偉い先祖方の中の、
    しまりをなさる一番偉い先祖様の所へ到着なさって、
    今日、あなたの前に供えられた品々をお土産として差上げて下さい。

    tane anakne,
    tap a-ye kuni,
    kamui niukeshpe,
    emkosama,
    utom-tek-echiu,
    a-ki rok shir,
    nehi tapan na.

       今は、
    昔から、人のよく言う様に、
    「死は神の手にも及ばぬものj なのですから、
    その様なお姿になられた以上、
    私たち人間とは、お互に、之を最後として、
    互に手を突張りあい u-tom-tek-e-chiu、
    縁を切ってしまいましょう。


    oripak tura,
    iki yakkaiki,
    tutkopak itak,
    iyoitak-kote,
    chi-sura itak,
    ku-ki hawe tapa na.

       恐れながら、こうして、
    お別れの言葉 tutopak itak、
    あなたを送る辞 iyoitak-kote を、
    今は捨言葉 chi-sura-itak (我々が投げる言葉、云うだけで相手の返事を聞かぬ言葉) として、
    お別れいたします。

    Ku-kon nup epo !
    (Huō hoi ! )
       我が涙子よ!
    フォーホイ!

      同上, p.179,180
    金田一京助博士は、「アイヌの研究」p.313〜318 にアイヌの葬礼のことを叙べられた中に、iyoitak-kote の言葉を簡明に原文対訳で示されている。‥‥ 次に引照させて戴く。
      
                   
    kukor anaishiri わたしのほとけさまよ
    kuron nupe-po わたしの涙子よ
    kuitak chiki わたしのいうことを
    pirikano nu ! ようく聞きなさいよ。
    Tane anakne 今はもう
    kamui ene wa お前は神様になって
    kamui ramatpo ieunu wa 神様の魂がはいって
    ean koro anak いるんで
    ainu ye itak 人間の言う言葉は
    shomo enu na 聞えないんだろうが
    Eresu Huchi お前を育てたおばあさん
    tan kamui Huchi 即ちこの火の神のおばあさん
    orowano からの
    chikashpaotte おしえさとしが
    aeekarakara kusu あったことだろうから
    koyairamatte しっかり,心をおちつけなさいよ。
    Eki wa neyak そして
    etek rakupte お前が手をひらいた
    eteksurare お前が手をはなしてしまった
    moshiri ne yakun その国土であるから
    tane anakne 今はもう
    shinrit moshiri 親々の国
    kamui moshiri 神様たちの国
    e-arapa kuni へ行くよう、
    eruwetoko その前に
    Moshiri koro Huchi 国土の主のおばあさん火の神さまが
    eshonkokushte そこへ伝言をやってあるから、
    oheuke sakno まっすぐに
    shinrit moshiri 親々の国
    eeshirepa へ到着を
    ki kunip ne na するのですよ。
    と、火神に祈った後に死人の霊にいい、
    愈々墓地へ死体を運んで、葬るときには、
      
                   
    Shut teketok 女の手仕事に世の始めに
    aeranke haru 天から降された糧の
    pirika hike 立派なのを
    cheha-rukore お前の糧に持たし
    aeekarakan na. てやるからな。
    Ekashi pirikap 祖先のおじいさんのいいおじいさん
    Huchi pirikap 祖先のおばあさんのいいおばあさんへ
    se koimoka koro みやげにしょって
    eekarakan na もってっておあげなさい。
    といい、更に、墓標を立てると、それに向って又、次の様にいう。
      
                   
    Ekashi kuwa おじいさんの杖の
    kuwa pennishi 杖の先をば
    kotekramyupu しっかり手ににぎって
    eki nankon na おいでなさい。
    kuwa pannishi 杖の末をば
    koanramatte しっかり心をすえて
    eki nankon na. おいでなさい。
    oheuke sakno まっすぐに
    ekashi kuwa おじいさんの杖に
    eshirurare おくられて
    ekashi toiru おじいさんたちの行った小径
    Huchi toiru おばあさんたちの行った小径
    toiru kashi その小径の上を
    eyaika-rire とおって
    huchi pirikap いいおばあさんたちが
    ekashi pirikap いいおじいさんたちが
    oriwak moshiri ちゃんと行っていらっしゃる国の
    kamui moshiri or 神さまたちの棲む国へ
    eearapa shiri お前が今行くところだと、
    eteksam kashi お前の行くすぐ前に
    kamui Huchi 火の神さまが
    shonko kushte ことづてをちゃんとやって
    ki shiri ne na. あるのだからな。


    引用文献
    • 久保寺逸彦 (1956) :「北海道アイヌの葬制一沙流アイヌを中心として」
      • 民俗学研究, 第20巻, 1-2号, 3-4号, 1956.
      • 収載 : 佐々木利和[編]『久保寺逸彦著作集1: アイヌ民族の宗教と儀礼』, 草風館, 2001, pp.103-263