Up 墓標をつくる 作成: 2019-01-06
更新: 2019-01-06


      久保寺逸彦 (1956), p.156
    墓標のアイヌ呼称としては、
      (1) kuwa,
      (2) ash-ni,
      (3) wen-ni,
      (4) wen-chikuni,
      (5) chihoma-ni,
      (6) chi-shitoma-ni,
      (7) a-shitoma-ni ,
      (8) keu-ni,
      (9) raikur-ni 、
      (10) i-rura kuwa、
      (11) i-rura kamui
    等の方言がある。
      (1) は「杖」、
      (2) は「立つ木」、
      (3)(4) は「悪い木=不吉の木」、
      (5)(6)(7)は「我等の恐怖する木J、
      (8)「骸の木」、
      (9)「死者の木」、
      (10)「それを送る杖=死者をあの世へ送る杖、送り杖」、
      (11)「死者を他界へ送る神、送り神」
    の義に解せられる。

      同上, pp.157,158
    死者が出ると、直ちに墓標の製作にとりかゝる。‥‥
    アイヌの葬式は、‥‥ なるべくその日の中に野辺送りをすませるのが望ましいとされる ‥‥
    死亡通知が遠近に伝えられ、他の村から弔問者がやって来る前に、墓標は製作を了えて、死者の枕許の茅壁のところに立てて置くのが普通である。

      同上, p.169-171
    kuwa ahunke hita inonno-itak (墓標を屋内に入れる折の禱詞)
     [以下は,墓標をハシドイでつくっている場合]
    (1)「火の女神」に。
    「我々を育てて下さる火の大神よ! 国土の主なる老女の神よ!
    二度三度と幾度も、私の様なものが申上げますのは、実に畏れ多いことですが、また、火の女神様の尊い御心に対して申上げる次第であります。
    随分、永い間、故人の病気中は、種々御心配を掛け、まことに勿体なく存じて居りますということを先ず申上げます。
    次に、古より、昔より、先祖の方々、祖翁たちが、無事安穏にあれかしと望まれたのは、何れの村にあっても、その村の中、山海の狩猟生活資源採取の場でありまして、それを皆、火の女神初め御一統に期待し、お(すが)りして来たのであります。
    然るに、この度は、病人のことで、あなた様も、随分、永い間、御苦労なさったばかりでなく、その上、外庭の幣壇にあって、私たちの祀を享けて下さる神々へも、あなた様から、この事を御知らせ下さり、共に種々お力添下さいました。
    私たち人間は、神々も私たちの心をお憐み下さって、御加護下さらない筈はなかろうと思って居りました処、残念なことには、神様の力も及ばず、こんな事になってしまいました。
    猶更、至らぬ凡庸の私たち人間の手ではどうしようもなく、今や、私たちの涙子 nupepo は、神々からも私たちからも手を放されて、神様同様の姿になってしまいました。
    併し、火の神様以外の者が、この涙子に言葉を掛けることは、すべきではありません
    いずれの日にか、我が涙子が、あの世へ旅立れる折には、その旅路の上が気遣われます。
    それで、Aeoina の始祖神の御手の跡を、私たち人間が真似象って、先祖以来の墓標を作りました。
    立木の王なる Shirampa-kamui (森の大神) 、神なる翁の御心を静かによび覚ましてお願い申上げ、Shirampa-kamui の御兄弟 (御一族) 中、勇気と雄弁とにすぐ(ルビ)れ、Shirampa-kamui が頼みとなさっているハシドイ (Punkau) 神を選定され、
    私たちが、平素からお祀り申上げている神々同様に、今日からはこの涙子の傍に付添って、お守り下さり、涙子があの世へ赴かれる折、その路の上を、よくお守り下さって、横道に逸れず、祖々の許へ到着出来ます様、火の女神様は、神様どうしの事ですから、ハシドイの神へよくお指図なさって、
    よろしくお取計らい下さい、どうか万事、手落ちなく、お取運び下さる様、お願い申上げます。
    祖翁以来、そのままに作って来ました墓標を、今、屋内に入れるに当って、このことを、火の女神様に先ず申上げる次第です。
    どうか、我がi戻子に対しましでも、そのことを、あなた様からよく教えてやって下さい。」
    (2) 死者に対して。
    「我が涙子よ! 我が心をひかれる方 (ku-kor ramasupo) よ!
    お痛わしいことと先ず申上げます。
    次に、生前、本当に、多幸ならんことばかりを、行末永く、あなたは望んでいられたのに、悲しくも、如何なる魔神の悪企みがあったことか、神々の御加護も、ついに力及ばず、この様な凶事が起りました。
    神々の御手にも余ること、まして、凡夫の我々には、どうすることも出来ません。
    こうなられるまで、ずいぶん永い間、あなた様は、病に悩み苦しみ、悶え疲れて、気力も体力も竭果てて、亡くなられました。
    この事は、私どもの、心からお憐みする次第です。
    併し、今はこうして、神様のお姿になられたのですから、私どもは、ただ畏れ憚るだけで、何と申上げましょうか。
    私など、彼れこれ申上げるべきではありません。
    「火の女神様J のお言葉だけに心を留めてお聴き下さい。
    その他に、今日から、あなたの傍に付添って番をして下さり、又葬送の日、あなたが旅立たれて、あの世への道を辿って先祖の許へ赴かれる道の途中をお守り下さる様、Shirampa-kamui にお願いし、そのお身内の中で、勇力と雄弁に於いて双びのないハシドイ (Punkau) の神を選定して戴き、私たちが平素お祀りしている神々同様に、あなた様をお守り下さる様に、只今、屋内にお入れ申上げました。
    先に、火の女神様から、あなた様にも御言葉があり、種々御教訓があった筈ですから、それをよくあなた様の心にお入れになり、万事、そのお指図に従うことばかり考え、この世のことはすべて忘れて下さい。」


    引用文献
    • 久保寺逸彦 (1956) :「北海道アイヌの葬制一沙流アイヌを中心として」
      • 民俗学研究, 第20巻, 1-2号, 3-4号, 1956.
      • 収載 : 佐々木利和[編]『久保寺逸彦著作集1: アイヌ民族の宗教と儀礼』, 草風館, 2001, pp.103-263