Up 他界での生活の品を持たせる 作成: 2018-08-06
更新: 2019-01-07


      久保寺逸彦 (1956), pp.114,115
    アイヌの死者の国には、死体から遊離した霊魂 ramachi、rai-tama-num だけが行き、そこでまた、元の骸 kaisei を得て、人間の姿に復活し、夫婦、子供、老人という様に一家揃って、現世そのまゝの様式の家屋 chise に住み、山に、鹿や熊を狩り、川に、鮭や鱒など漁り、海では、カジキマグロや鯨、アザラシなど獲り、昆布なども採る、山野に、野草を求め、薪もとり、畑では、ヒエやアワ、カブラなどを作る といった生活を続けているという。
    死体を埋葬する際に、生前使用した炊事道具、調度、愛好品などを副葬する意味も、老人や主婦が死んだ際、その家を焼き捨てる風習も、死後の生活は現世の生活の継続だということを考えずには、理解されないであろう。

      Batchelor, John (1901), pp.454, 455
    人が死ぬと、遺体にはいちばんいい服が着せられ、炉のそばに長く横たえられる。
    もし死者、が男なら、彼の弓矢、えびら、煙管、タバコ入れ、火をつける道具、長いナイフと短いナイフ、剣、茶碗、ひげ揚げベら、そしてまた一束の衣服が彼のそばにおかれる。
    すべての衣服は、たとえ新しい衣服でも、多かれ少なかれ切られるか、裂かれる
    また他のものはどんなものも、壊され、くだかれ、曲げられる
    すべてのものは、遺体とともに埋葬される。
    もし女の遺体なら、針と糸、いろいろな色と種類の、土着の衣服か、日本の衣服、一組の織機、さじ、ひしゃく、茶碗、ビーズやイヤリングのような小間物がわきにおかれる。
    また切られたか、裂かれた一束の衣服もおかれる。
    子供の場合も、茶碗、さじ、衣服、小間物がそばにおかれる。
    しかし覚えておくべき重要な点は、これらのすべてのものは遺体とともに埋葬され、いつもまず最初に切られるか、そうでなければ壊されることである。

    遺体とともに埋葬する物を破壊することの意味:
      久保寺逸彦 (1956), p.137
    供物を砕いて撒き散らす (icharpa) ということは、祖霊供養 shinurappa や悪疫流行の際の悪魔祓などにも行われるもので、深い意味を持つものなのである。
    Animistic なアイヌの考え方によれば、organic のものでも、inorganic のものでも、すべて霊が存する訳で、その形体乃至肉体を破壊することによって、霊は他界に再生し得るのであるから、死者、祖霊、魔神等に供えたものは、破砕して、その精霊だけを家苞として持たせてやればよい訳である。
    死者の副葬品をすべて傷つけ、或は破壊して、埋める意味も、之に通じるものであろう。

      同上, p.183,184
    副葬品は、死者が生前日常使用した物が使われるのであるが、死者の性別により、違ったものが使用されることは言を俟たない。‥‥
    (イ) 男の死者の副葬品は、
    火燧(ひうち)道具 piuchi、烟草入れ tampaku-op、煙管 kiseri、剃刀 epeisep、櫛 kirai、小刀 makir、椀 itanki、衣類 usa-amip、手甲 tekunpe、脚絆 hoshi、男頭巾 matampush、履 keri 、負縄 tar、(かんじき) teshma 等の身装品、
    弓 ku、矢 ai、竹鏃 rum、釣針 tukap、銛 marek、山刀 tashiro、胡録(やなぐい) ikayop 等の狩猟具、
    太刀 emush等が副葬される。
    (とはいっても、勿論これ等の物が全部副葬されるという意味ではない。)
    (ロ) 女の死者への副葬品は、
    衣類 usa-amip、肌着 mour、冠物 matampush、縫針 kem、木綿糸 ka、木綿布 senkaki、鋏 sarampe-karpe 等の裁縫道具、
    (ひうち)道具 piuchi、櫛 kirai、煙草 tampaku、煙管 kiseri、剃刀 epeisep、小刀 makir、庖刀 hoicho, menoko-makir、鎌 iyokpe 等や、
    玉飾 tama-sai、耳環 ninkari の装身具、
    機織具 attush-karpe、茣蓙織具 itese-ni、杓子 kasup、(へら) pera、小鍋 poi-shu、提子(ひさげ) etunup 等の炊事道具、
    米 shiamam、稗 piyapa、粟 munchiro、
    履物 keri、負縄 tar 等
    の中から、いくつかを副葬する。
    男女いずれの場合でも、膳と椀に箸をそえたものを、一揃に utoki-at で縛ったものを副葬する。 之を chi-shina-otchike (我等が縛った膳) という。


    引用文献
    • 久保寺逸彦 (1956) :「北海道アイヌの葬制一沙流アイヌを中心として」
      • 民俗学研究, 第20巻, 1-2号, 3-4号, 1956.
      • 収載 : 佐々木利和[編]『久保寺逸彦著作集1: アイヌ民族の宗教と儀礼』, 草風館, 2001, pp.103-263
    • Batchelor, John (1901) : The Ainu and Their Folk-Lore.
      • 安田一郎[訳]『アイヌの伝承と民俗』, 青土社, 1995