「亡者供養」は,供養される亡者に「供養」が伝わるのでなければならない。
即ち,亡者は,《いま自分はだれそれに供養されている》がわかる者でなければならない。
実際,そうでなければ,供養は一方通行のもので,届く先をもたないわけである。
しかし,アイヌにとって「亡者」とは,この世を忘れ切って成るものである:
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久保寺逸彦 (1956), p.129
死者が眼を明けたまゝでいることは、不気味なものとされる。
死者が去り行く家やその遺族に心を残すことになるので、死体が硬直しない中に、家族の者は、よく閉じる様にしてやり、低声を以て、
「心を後に残さず、先祖の許へいく様に。
眼を明けて見てはならない。
あなたに身内があったなどということは一切忘れてしまう様に。」
と、いゝ聞かせて (kashpa otte) やるべきものだという。
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同上, pp.131,132
「火の老女神 Kamui-huchi、Ape-huchi」 に対する ukewehomshu の詞。
‥‥
この涙子も、生前には、生先永く生きようと心頼みにし、将来はかくしよう、こうもありたいと心に予期することも少くなかったのでしょうに、だが、今となっては、この様に、人間の身を離れて、神様の姿になられてしまったのです。
火の女神よ! あなた以外に、この涙子の面倒を、これから見て下さるものはないのです。
近く、この涙子は、その先祖たちの通った路に足を運び、祖々の住んでいる国へ到着することでありましょう。
今日からは、もう私ども人間の言葉を聴くべきではありません。
どうか、火の女神様から、万事よく、手落ちなく、教え諭してやって下さい。
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同上, pp.132,133
「死者 rai-kur」に対する ukewehomshu の詞。
‥‥
今は、神様のこしらわれた姿になられたのですから (kamui-kar shirka,aieuiruke) 、そのあなたに、私ども人間の言葉をお掛けするのは、恐れ多いことと思います。
又、これからは、今までとは違って、人間の言葉には耳を傾けず、余計なことは聴かぬ振りして、たず一筋に、火の姥神のお導きを目当として、よく聴かれる様に、あなたの御心に固く決めて下さい。
近くいずれの日にか、あなたは、先祖たちの歩まれた道に、足を運ばれ、旅立たれるでありましょうが、彼の世へ無事に到着される様、たゞ一筋にそればかりを考えて、他の事は、一切考えないことにして下さい。‥‥
今後は、俗に謂う、互に手を突張り合う u-tom-tek-echiu (不和となる意) の仲となって、あなたと私たち人間との間は、遠く隔たってしまった訳ですから、決して、親戚があるとか、身内の者がいるとかいう様な事は思ってはなりませんよ。
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かくして「亡者供養」は,アイヌの概念になるはずのないものである。
ここでは,さらに念を押す意趣で,上記要件に加えてつぎの2つも「亡者供養」の要件になることを強調していおく:
これらも,以下に述べるように,アイヌには無縁のものである。
亡者供養には,<亡者の代わりにする物>が要る。
それは,墓とか位牌の類である。
つぎに,亡者供養が集団のセレモニーになるためには,<亡者の記念時>が要る。
個人なら「位牌に手を合わせる」を日課にしている者がいるように,<亡者の記念時>は無しでも済む。
しかし,集団のセレモニーとなると,<まさに供養セレモニーを催すべき時>の趣きで,<亡者の記念時>が要るのである。
<亡者の記念時>は,暦を持つことによって,持てる。
──翻って,暦の無いところに<亡者の記念時>は立たない。
そして<亡者の代わりにする物>と<亡者の記念時>が揃うとき,「命日の法事」を形として,亡者供養セレモニーが成る。
さて,アイヌは暦をもたない。
よって,<亡者の記念時>は立たない。
<亡者の代わりにする物>の方は,どうか。
アイヌは,亡くなった者を埋めた場所に,標識を立てる。
しかしそれは,われわれの謂う「墓」ではない。
アイヌはその標識に詣でることはしない。
われわれの謂う「墓地」は,アイヌにおいては穢れであり,忌むべき場所である。
そこは,近づくところではない。
アイヌは,位牌の類の<亡者の代わり>を用いない。
翻って,位牌はただの工作物なのに,どうしてひとはこれを<亡者の代わり>にできているのか。
それは,「魂を入れる・抜く」の概念を受け入れているからである。
アイヌは,このような概念を持たない。
かくして,「亡者供養」は,アイヌの概念になるものではない。
引用文献
- 久保寺逸彦 (1956) :「北海道アイヌの葬制一沙流アイヌを中心として」
- 民俗学研究, 第20巻, 1-2号, 3-4号, 1956.
- 収載 : 佐々木利和[編]『久保寺逸彦著作集1: アイヌ民族の宗教と儀礼』, 草風館, 2001, pp.103-263
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