Up "アイヌ" によるアイヌ差別 作成: 2016-10-24
更新: 2016-12-06


    アイヌが終焉して,アイヌの系統の者の中から "アイヌ" が起こる。
    その "アイヌ" は,アイヌの形を生活様式や体の入れ墨で遺している者を,身近にもつ。
    "アイヌ" は,つぎを命題にする:
      「"シャモ" は,彼らを蔑む」
      「"シャモ" は,自分と彼らをいっしょくたにする」
    自分が "シャモ" から彼らといっしょくたにされることは,自分が "シャモ" から蔑まれる存在でいることである。
    そこで "アイヌ" は,「自分は彼らではない!」を行動する者になる。

    このことを主題化するにおいて,つぎをテクストにする:
    • 鳩沢佐美夫「証しの空文」, 1963.
       in『沙流川──鳩沢佐美夫遺稿』, 草風館, 1995. pp.7-43
    • 鳩沢佐美夫「遠い足音」, 1964.
       in『沙流川──鳩沢佐美夫遺稿』, 草風館, 1995. pp.45-151


    鳩沢佐美夫は,"アイヌ" である。
    "アイヌ" は,「アイヌ」や「アイヌ差別」に近い者である。
    しかし,近いことは,わかっているということではない。
    実際,"アイヌ" は,「アイヌ」や「アイヌ差別」を勘違いして捉える者たちである。

    "アイヌ" は,アイヌ新世代であり,「新人類」である。
    彼らは,学校や仕事場でシャモと一括りに扱われる中で,シャモに対する劣等感を醸成していく。
    そして,シャモの方に自分を同化させていく。

    振る舞いとして,これは《アイヌを隠してシャモに擦り寄る》になる。
    しかし,隠すことは,かえって目立たせることである。
    擦り寄られる側は,この振る舞いに違和を覚える。
    さらに,反感を抱く。

    大人は,この反感を隠す。
    子どもは,反感を素直に表出する。
    (翻って,大人で反感を露わに現す者は,子どものまま大きくなった「大人」である。)

    "アイヌ" は,この反感を「差別」にする。
    そして,「アイヌもシャモも変わりない」を正義のことばにする。


    「アイヌもシャモも変わりない」のことばは,アイヌ──現にシャモとは違っているアイヌ──を居られなくすることばである。
    アイヌの子が「アイヌもシャモも変わりない」を唱える者になるとき,アイヌは彼らによって否定される存在になる。
    自分を「無学」と定めるアイヌは,自分を<子どもから教えられる者>にする。
    子どもにとって自分が恥ずかしい存在であること──存在として否定されるものであること──を,子どものことばや振る舞いから知る。
    これを認めたアイヌは,子やシャモに卑屈に振る舞う者になる。

    アイヌを卑屈に振る舞う者にさせたのは,"アイヌ" である。
    しかし,"アイヌ" には,これがわからない。
    "アイヌ" は,これも「差別」のはなしにする。
    すなわち,シャモのせいにして済ませる。


    「証しの空文」「遠い足音」は,このように読むものである。
    これを「差別」の話として読むのは,幼児である。
    読むことになるのは,「"アイヌ" 鳩沢佐美夫の位相」である。

    アイヌは,「アイヌとシャモは違う」でやってきた
    一方,"アイヌ" は,「アイヌもシャモも変わりない」を正義として立てる
    "アイヌ" を身内から生むことになったアイヌ世代は,「アイヌもシャモも変わりない」によって,シャモとは異質・異形の己を否定的に生きる者になる。
    これが,「証しの空文」のストーリーである。

    "アイヌ" は,「アイヌもシャモも変わりない」で自家撞着する。
    「アイヌもシャモも変わりない」に対しては,シャモの「アイヌはアイヌだろう」が返ってくる。
    現に,「アイヌとシャモは違う」を体現する「アイヌ」がいる。
    "アイヌ" はこの者を憎み,攻撃する。
    これが,「遠い足音」のストーリーである。

    但し,鳩沢佐美夫は,これを「アイヌ差別」「アイヌ搾取」の話にする。
    自分を曝すふうにして結局はいい格好をし,シャモのせいにして済ませるという安直をやってしまう。

    もっとも,この安直については,「証しの空文」「遠い足音」が書かれた時代を斟酌する必要がある。
    時代は,左翼イデオロギーが正義の時代である。
    思想・文学は正義から(ひね)てナンボの世界だが,若い鳩沢佐美夫に<正義から捻てナンボ>を求めるのは,酷というものである。
    ──ちなみに,その時代は,左翼イデオロギーに対する<正義から捻てナンボ>の方法論が模索されている時代であった。

     
    「証しの空文」, pp.14,15
     そんな中に、私は学齢期を迎えていた。それでも私は、自分がアイヌだという意識は少しも持たなかった。 だが私が小学校二、三年ごろだと思う。 祖母に連れられて、近くの街に在る病院に行ったことがあった。 その帰りの乗り換え駅での出来事である。
     当時は第二次大戦最中であり、出征兵士を送る学童が大挙ホームに並んでいた。 そこに私たちの列車が着いたのであった。 私は子供心にも、おそるおそるデッキから降りようとした。 そのとき、私と同い齢恰好の男の子が、「アッ、アイヌ‥‥‥」と、私たちを指したのである。 私は鈍器で撲られたような衝撃を受けて、一瞬脚がもつれてしまった。 祖母は、「チヤッケレ (生意気に)」とだけいって、私を急がせた。 が私は、何故か無意識のうちに怯んでいた。 そしてその日から、私はアイヌというものが、とても思いことのような気がした。 それがまた、恥ずかしいことのようにも思えた。 それまで祖母に手をとられて、列車に乗り降りしていたのに、翌日から私は頑にそれを拒んでしまった。 そればかりか、人前では祖母に話しかけられることさえ嫌だった。 それから祖母は、なんとなく私に遠慮がちになったのである。 祖母と私たち親子が別居したことにもよるが、そのころから、祖母と私の間に隙聞ができていたようだ。

    「証しの空文」, p.16
    私は固陋の傀儡となって、祖母に卑屈な観念を植えつけていたのでないだろうか‥‥‥。 友人の前に、私の体裁を気遣う祖母の傷ましい姿は、それの示唆のような気がしてならなかった。 「兄さんの顔にかかる‥‥‥」といいながらも、私に手をとられた祖母は「オラはいつ死んでもいい‥‥‥」といった。

    祖母 (アイヌ) に卑屈な観念を植えつけたのは,私 ("アイヌ") である。

     
    「証しの空文」, p.24
     パスは国鉄駅に着いて、私の肩からは当然のように、大きなフロシキ包みがぶら下がっていた。 それでも私は、祖母の手を曳いて列車に乗り込んだのである。 一歩踏み入ると車内の眼、がいっせいに私に集まった。 私は来たな!と思った。 が強いてそのような意識を持つまい、と自分を叱った。 列車内の祖母はじっと眼を瞑って、手で口元を蓋っていた。 そうすることによって、手の甲から腕にかけてのシヌエ (入れ墨) はまる見えであった。 そのせいか、私はずいぶんと不快な光景に衝き当たった。
     ある乗り換え駅であった。 ──間もなく列車が到着しますから柱の内側にお並びください──と、アナウンスされた。 私は祖母を気遣って、階段のところに待たせて列に加わった。 私の前には登山風の若い男二人が、大きなリュックを脚元に置いて並んでいた。 その男たちが「おい、あらアイヌ‥‥‥」「ほう‥‥‥」「俺本物のアイヌ見るの初めてや‥‥‥」「なんか食べているんでないか‥‥‥」と、話していた。 男たちの眼は、まるで動物園のサルでも見ているようであった。
     祖母は階段に腰かけて、膝の上に手を組んで口をそグモグさせていた。 構内に列車が入れ替るたびに顔が動くのだが、別に意識しているふうではなかった。 身()りは黒っぽく、蓬髪だけが真っ白であった。 そのままの表情がすぐ笑顔に変わるような老婆だが、口元の入れ墨だけがこの男たちに映るらしかった。 私はよほど、ここにも本物のアイヌが居りますよ、と名のってやろうかと思った。

    "アイヌ" (「アイヌもシャモも変わりない」) は,こんなふうに勘違いする。
    「まるで動物園のサルでも見ているよう」は,蔑視・ヘイトではない。
    「アイヌとシャモは違う」と思っている者は,本物のアイヌに出遭うと「まるで動物園のサルでも見ているよう」に見ることになる者である。
    「ここにも本物のアイヌが居りますよ」
    ──「冗談じゃない,あんたはアイヌじゃないよ」


     
    「遠い足音」, pp.93-95
     旧盆も過ぎ、また登校する為男たちの二学期が始まった。 二学期が始まると、初っ端に身体検査であった。 特定の医師などが、診断するものでなく、担任の教師たちが、身長や体重を記録する程度だった。
     為男たちの学年で、ふだんから下着を穿いている男生徒は、二、三名であった。 下着をつけている生徒たちは、誇らし気に、
    「俺、パンツ穿いてるぞ」と言いふらしていた。
     そう言われると、為男も──パンツ欲しいな‥‥‥と思ったりした。 が、母親に、買ってくれ、と強請(ねだ)るようなことはしなかった。 遮二無二、穿かなければならないものだと、為男は思わなかったからである。
     身体検査は、前から知らされているので、男生徒の大半が下着をつけてきた。 が、下着のない為男は、無頓着に素ッ裸になって、級友たちの中に混り、順番を待っていた。
     と、さきほどから、しげしげと為男の軀を見回していた猛が、
    「おまイ毛深いな──」と、言った。
     為男は何を言われたのか、意味がわからなかった。
    「そりゃ、コタンだもの」
     猛の横にいる勝が、当然だ、とばかりに相槌をうった。 すると傍の章二が、
    「くさい、くさい」と、鼻をつまみだした。
     為男は、いよいよわけがわからなくなった。
     猛たちは、わざとのように、為男の側を離れ、向こうで寄り集まった。 そして、ひそひそ話をし、為男のほうを見たりしていた。
     為男は──猛ちゃんたち、なんのこと言うんだべ‥‥‥と、不思議でならなかった。
     為男はパシツも穿いていないけど、それが別段、恥ずかしいことだと思っていなかった。 よく猛たちは、──コタン、アイヌ──ときには、──くさい、くさいと、言うが、為男にはどのような意味が含まれているのか、わからなかった。 それがまた、自分に向けられたものだとも、思っていなかった。
     が、──おまイ、毛深いな‥‥‥と、言われたことで、為男は魂がうばわれたような気持になってきた。 ただぼんやりとして顎を両手でささえるような恰好をし突っ立っていた。 猛たちは、まだ何かを言っているようで、ときどきこっちを見ている。
     順番が来て、為男は検査室へ入って行った。 すると、亀夫が衡の台に載っていた。 側に斎田先生が立って、少し離れて、奥山先生が何かを紙に書き込んでいる。
     為男は検査室に入って、亀夫の軀を見たとき、一瞬、どきりとしてしまった。 いきなり真っ白い壁に突き当たったような錯覚にさえ陥った。 あまりにも、亀夫の軀が、白くきれいに見えたからだった。
    「次は、為男ちゃん」
     奥山先生が呼びあげた。
     為男は、空を見つけたような眸をし、突っ立ったままであった。
    「為男」
     斎目先生が、教練のときの声で呼んだ。
     為男はびくりとし、
    「はイッ」と、不動の姿勢をとった。
    「どうした、元気がないぞ」
     いかめしい先生の顔が、いくぶんほぐれた。

    "アイヌ" は,このような劣等感醸成システムの所産である。

     
    「遠い足音」, pp.122-126
     休み時聞に、校庭に出て遊んでいた為男は、用事を思いたって、教室に戻って来た。 と、誰もいない教室に、ミサ子だけが残っていた。 ミサ子は、教室の中央にある石炭ストーブの前に、椅子を持ち出して坐っていた。
     為男は、何故か、カッカッと、してきた。 入口のところに突っ立っていたが、
    「どけれ!」と、思わず怒鳴り散らした。
     ミサ子は、びっくりしたように振り返った。 が、ニッと笑みをつくっただけで、動く素振りさえしなかった。 見ると、なにをするのか、デレッキをストーブの小窓から、火の中に刺し込んでいる。
     為男は、足音も荒げて側に寄った。
    「火焚くから、どけれ」
     と、言って、押しのけようとした。 がミサ子は、それに逆う態度を見せた。 為男は、いよいよ我慢がならなくなった。
     ミサ子の持っているデレッキをむしりとると、それでいきなり、彼女の頭を叩きつけた。 いいかげんに焼けたデレッキなので、ミサ子の髪の毛は、ジュッと焦げた。 ミサ子は、一瞬キョトンとして、為男を見やっていた。 が、ヒーン、ヒーンと、声を上げて泣き出した。
     為男の全身は、小刻みに震えて、止まらなかった。
     父親も母親もいないミサ子は、ときどきしか、学校へ来なかった。 父親が脳をわずらって、病院に入れられると、母親がどこかへ逃げてしまった。 父親も、病院へ入れられたまま、数年前に亡くなっていた。 ミサ子は、祖母のウエルパに、弟の文男といっしょに、育てられているのであった。 そんな話を、為男は、誰かから聞いて知っていた。
     学校へ出て来ても、ミサ子は、ほとんど勉強をしているふうではなかった。 ぼんやりと、ただ黒板を見やっていて、ときどきコックリ、コックリ居眠りをしていた。 身装りも貧しく、髪の毛はだらりと、のびたままであった。 誰かが話しかけたりすると、その髪の下から不安そうに見ていてから、ニッと笑って、大き目の糸切り歯をのぞかせる。
     女生徒たちは、ミサ子と、机を並べることさえみな厭がった。 そんなミサ子を、為男はなんとなく、可京想に思ったりして見ていた。 が、いつからか、憎むようになったのであった。
     為男は、教室に入ろうとして、ミサ子を見かけたとき、思わず立ち竦んだ。 以前に──おまいなんか、ミサ子でないか──と、噛われたときのことを思い出したからであった。 あのとき、もしミサ子が側にいたのなら、叩きのばして──ぼく、ミサ子なんか、大嫌いなんだと、みんなの前に、叫びたかった。 その出来事は、雪の解けかかった校舎の周りを、掃除していたときであった。 誰からともなしに、同級の女生徒たちのうち、誰が、誰を、好きだと、いい出した。
     日ごろはそんなことにまるで頓着しそうにない猛までも、
    「怖、幸子だ──」と言って、顔を赤らめた。
     そのテレ隠しにか、傍にいる秋夫を見やって「おまイは?──」と、誘いかけた。
     内気な秋夫は、もじもじして、
    「ぼく、カズ枝が‥‥‥」と、言った。
     為男は、あれ?と、意外な気持だった。 美少年の秋夫が、まるで豚のように肥っているカズ枝を、好きだ、などとは、思ってもいなかった。
     居合わせる皆の顔は "優等生" の勝に向いた。
     勝は、ためらいもなく、
    「小父さんは、和子だ!」と、言ってのけた。
     勝は、よく増長して "小父さん" と、自分のことを称んでいた。 日ごろから、校長の娘である和子の前で、勝は思わせぶりな態度をとったりしていた。
     勝が言い終わると、こんどは為男の番になった。
     為男は、内心どぎまぎしながら、
    「ぼく‥‥‥森子が好きだ‥‥‥」と、言った。
     とたんに、勝が、
    「えっ! 本当か──」と、おおげさな驚き方をした。
     すると、周りにいる猛や秋夫がうわーっと嗤い出した。
     為男の背筋からは、お湯のような汗がわき出てきた。
    「為男が、森子を好きなんだとよ!」
     と、勝が、大きな声で言った・
     向こうのほうにいる森子に、聞かれるのでないかと思い、為男はひやりとした。
    「ほんとか、おまイ?‥‥‥』
     と、少し離れたところにいた亀夫が、聞きつけて寄って来た・ 亀夫は以前に森子が好きだ──と、誰かに言ったりしていた。
     為男は、返辞もせずに俯いた。
    「おまイ、森子が好きなのか‥‥‥」
     と、亀夫、が、顔をのぞき込んできた。
     為男は、体を硬くして、コックリ、うなずいた。
    「なあに、おまイなんか、ミサ子でないか」
     と、勝が、横合いから、進み出て来た。
     為男の全身は、いっぺんに冷めてしまった。
    「おまイなんか、アイヌだもの、ミサ子でないか──」
    「ミサ子が好きなんだべや──」
    「コタンのくせに、森子が好きだ、とよ。やあや、可笑しいな──」
     と皆は、口々に言い出した。
     為男は「こんにゃろ」と、手にしている箒木を振り上げた。
     向こうのほうで、女生徒たちといる校長が、
    「こらっ! さっさと掃除すれよ!」と、叫んだ。
     為男は以前から、森子がなんとなく好きだった。 森子の笑顔に合ったりすると、為男の心臓は早鐘を打って、全神経をあわてさせる。 かといって、親しく口を利いたり、というわけではなかった。
     そんな為男は、親友の龍夫と、森子のことで、大喧嘩をしたこともあった。 森子にいじわるをしていた龍夫を見かけたので、為男は理由もわからずに、
    「止めれ」と、注意した。
     怒った龍夫はしまいに鉛筆削用のナイフまでも持ち出した。
     そのようなことがあっても、為男は、森子が好きだ──と、口に出したことがなかったが、皆 につりこまれて、うかつにも喋ってしまい、嗤いを買ったのであった。
     それからというもの、為男は、ミサ子が憎らしくて、憎らしくてたまらなかった。 アイヌ!と言われたこと以上に、薄汚いミサ子と、対比させられたことが悔しいのであった。
     為男に殴られたミサ子は、いつまでも泣きじゃくって止めなかった。 そのうちに、授業の鐘が鳴って、級友たちがどやどや教室に入ってきた。 泣いているミサ子を見ると、
    「どうした?‥‥‥」と、側に集まった。
     為男は、理由を説明する気にもなれなかった。
     皆に囲まれると、ミサ子は、ヒーンヒーンと泣き声を引きずりながら、教室から出て行った。 そのうしろ姿を見ると、為男は何故か──もうミサ子は、学校へ来ないな──という気がした。
     授業が始まって少し経ってからであった。校長が教科書を読み上げているとき、ガタガ夕、教室のガラス戸がゆすぶられた。 為男はびっくりして、入口のほうを見やった。 そこには、血相を変えたミサ子の祖母のウエルバが立っていた。 校長は、教科書を置いて、入口のほうに歩み寄った。 戸を開けるなり、
    「なして、オラのミサ子ば、みんなで泣かしたんだ──」
     と、いう声が教室に飛び込んできた。
     校長は、気押されたように、
    「そんなこと、知らん」と、のけぞった。
     ウエルパは、いまにもつかみかかるように、
    「ミサ子が、泣いて戻って来たんでないか」
     と、校長に詰め寄った。
     校長は戸惑ったように、ロをもぐもぐさせた。
    「アイヌだとおもちて、パカにこくな──」
     齢をとっているウエバなのに、体には鋼でも入っているような感じであった。
    「し、しらん! 知らん」
    と、校長は、一、二歩後退した。
    「なしてオラのミサ子ばかり、いちもいじめるんだ──」
    と、ウエルパは、なおもせまった。
    校長は、いまいましそうに、
    「知らんたら、知らん」と、言って、ウエルパを押し返し、教室の戸をびしゃんと閉めてしまっ た。

    "アイヌ" は,アイヌを恥じとする。
    シャモは,"アイヌ" をアイヌに括る。。
    自分が<自分が恥とするもの>と一緒にされるのは,悔しい。
    この悔しさは,<自分が恥とするもの>への憎しみに転じる。
    思いは,「これが存るために,自分は正当に扱われないのだ」である。
    こうして,"アイヌ" は,アイヌを憎む。
    さらに,攻撃する。