Up 狩猟採集 : 要旨 作成: 2016-11-22
更新: 2016-11-22


    アイヌは,終焉しており,いまは存在しない。
    いまの時代の「アイヌ」自称は,「アイヌ」僭称であり,(かた)りである。
    本論考は,アイヌと「アイヌ」僭称者を明確に区別するため,後者を "アイヌ" と称してきた。

    現代人は,先祖を溯ると縄文人に至るからといって,自分のことを「縄文人」とは言わない。
    縄文人のコスプレをして,縄文人になるわけではない。
    "アイヌ" とアイヌの差は,現代人と縄文人くらい大きい。
    "アイヌ" が「アイヌ」を自称するのは,こっけいである。
    「自分はアイヌだ」のデモンストレーションに,アイヌのコスプレを用いる者もいる。──こっけいである。


    ひとは,アイヌを知らない。
    そこで,"アイヌ" がする「アイヌ」僭称に騙される。
    "アイヌ" を「アイヌだ!」と思う。
    "アイヌ" も,アイヌを知らない。
    そこで,自分がしている「アイヌ」僭称に自ら騙される。
    自分を「アイヌだ!」と思う。

    そこで,肝心は,アイヌを知ることである。
    アイヌを知ることが,「アイヌ」僭称に騙されないことである。


    「アイヌは狩猟採集生活者である」と説かれる。
    こう説かれると,それでわかったつもりになってしまう。
    ことばに騙されるのである。

    ことばの便利なところは,意味に思考停止できるということである。
    この便利が,《意味に思考停止していることが,意識されない》に転じる。
    「アイヌは狩猟採集生活者」と説かれて「ああそうか」と思う者は,ことばに騙されたのである。

    思考停止は,「実際はどうなんだ?」の問いで打ち破られる。
    さて,アイヌの狩猟採集生活とは,実際どんなものなのか?