Up 砂沢クラ 作成: 2016-07-17
更新: 2016-07-17


     その昔この広い北海道は,私たちの先祖の自由の天地でありました.天真爛漫な稚児の様に,美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活していた彼等は,真に自然の寵児,なんという幸福な人だちであったでしょう.
     冬の陸には林野をおおう深雪を蹴って,天地を凍らす寒気を物ともせず山又山をふみ越えて熊を狩り,夏の海には涼風泳ぐみどりの波,白い鴎の歌を友に木の葉の様な小舟を浮べてひねもす魚を漁り,花咲く春は軟らかな陽の光を浴びて,永久に囀ずる小鳥と共に歌い暮して蕗とり蓬摘み,紅葉の秋は野分に穂揃うすすきをわけて,宵まで鮭とる篝も消え,谷間に友呼ぶ鹿の音を外に,円かな月に夢を結ぶ.嗚呼なんという楽しい生活でしょう.平和の境,それも今は昔,夢は破れて幾十年,この地は急速な変転をなし,山野は村に,村は町にと次第々々に開けてゆく.
    (知里幸恵,『アイヌ神謡集』「序」) 

    「天真爛漫な稚児の様に,美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活」のことばを,人の一生のリアルタイムに引き伸ばすとどうなるか。
    砂沢クラ著『ク スクップ オルシペ 私の一代の話』が,これを示す。

    内容は,苦労がほとんどの一生である。
    しかし,その苦労話は,アイヌイデオロギーの読者が期待するような「和人がアイヌに害を為す」ではない。
    だいたいが,アイヌという生活それ自体に根ざす苦労話である。


    「山野は村に,村は町にと次第々々に開けてゆく」には,「災害,事故,病気や不猟不作に悩まないで済む生活の実現」の含蓄がある。
    自然は,自然の猛威に翻弄されるところである。
    自然は,つねに事故と隣り合わせの危険なところである。
    自然は,病気と隣り合わせのところである(註)
    不猟不作は自然のリズムであり,狩猟採集生活を営むとは不猟不作を伴にするということである。

     註 : 「自然は,病気と隣り合わせのところ」とは?
    生きるとは,他の生き物を食い物にすることである。
    生きるとは,他の生き物の食い物にされないということである。
    人は,「猛獣」に対しては,これの食い物にされずに済む力を得た。
    人を食い物にする生き物は,微生物である。
    自然は,人を食い物にする微生物の巣である。
    「人工」には,「病原微生物およびこれの媒介者の排除」の含蓄がある。

    自然の中に生きることは,災害,事故,病気につねに曝されることである。 災害,事故,病気に遭う確率は高い。
    不猟不作は,いつものことである。
    そして,不幸は,独りのものではない。
    共同生活では,員の不幸は,全体の共倒れに繋がる。
    不幸は,連鎖する。

    こうして,「平穏な生活」は奇跡である。
    「天寿全う」は奇跡である。

    アイヌの人口は,高々数万人だったようである。
    この数字に読むべきは,「これが目一杯」である。
    自然は,「これが目一杯」であるほどに苛酷だということである。


    アイヌは,和人の進出によって,はじめて苦労するようになったのではない。
    和人という生き方にアイヌという生き方が反照・相対されるとき,アイヌという生き方は自ずと<苦労>に映じることになるのである。

    日本人は,ずっと欧米に憧れてきた。
    これと同じふうに,アイヌはシャモに憧れた。
    憧れるのは,相対的に自分の生活の貧しさを見るからである。

    憧れは,錯覚である。
    しかし,ひとはこの手の錯覚で生きる生き物である。
    事実として,アイヌはシャモに憧れた。
    そして,シャモの生活に同化されることには,アイヌという生き方の<苦労>よりましになる面があった。
    こうして,アイヌはアイヌという生き方をやめた。
    即ち,アイヌはいなくなった。

     Cf. 日本人は,欧米に憧れた。
    そして,欧米化されることには,日本人という生き方の<苦労>よりましになる面があった。
    こうして,日本人は日本人という生き方をやめた。
    即ち,日本人はいなくなった。
    翻って,人を日本人にしているものは,日本国籍である。
    日本人であるとは,日本国籍だということである。──それ以上でも以下でもない。



    文献
    • 砂沢クラ, 『ク スクップ オルシペ 私の一代の話』, 北海道新聞社, 1983