Up 「アイヌモシリ」の論理 作成: 2017-02-27
更新: 2017-02-27


    「アイヌモシリ」論とは,つぎのものである:
      萱野茂 : <二風谷ダム建設収用地に関する収用委員会審理陳述>(1988)
     本多勝一『先住民族アイヌの現在』, pp.211-262.
    pp.216-219
    その昔、北海道というこのでっかい島を、アイヌ民族が自分たちの土として豊かに暮らしていた時代にどのように呼んでいたかと言えば、「アイヌモシリ」と言っていました。
    「アイヌ」という意味は「人間」、「モ」というのは「静か」ということです。 「シリ」というのは「大地」という意味であります。
    したがいまして、アイヌは自分たちの土をアイヌモシリ、「人聞の静かな大地」と呼び、だれにはばかることなく自由に暮らしていたのであります。
    そしてこの広い北海道の隅から隅まで、山でも川でも岬でも、どんなに水量の少ない小沢や台地や窪地に至るまで、おのが言葉アイヌ語で全部名前をつけたのであります。
    もう一度松浦武四郎の日誌の話を引用しますが、北見市の秋葉実さんという方が武四郎の日誌の中からアイヌ語地名を拾ってみたら約 8000 カ所あったということであります。 それを二風谷の地名と比較する意味で 8000 カ所の六倍としてみても、北海道におけるアイヌ語地名はおよそ 48000 カ所になるわけであります。
    これは何を意味しているでしょうか。
    北海道をアイヌモシリとアイヌ民族は言いながら、自分たちの土として何不自由なく暮らしていた大きな証拠なのであります。
    それが、わずか119年昔の明治2年に、明治政府が北海道と名前をつけるまで、いや、いまでもアイヌモシリ、北海道はアイヌ民族の土であると私は信じているものであります。
    しかし使宜上、私どもアイヌのアイヌモシリを北海道と呼びながら話を進めさせていただきます。

     このでっかい島北海道を日本国ヘ売った覚えも貸した覚えもないというのが、心あるアイヌたち、そしてアイヌ民族の考え方なのであります。
    もし日本政府がアイヌ民族から北海道を買ったというなら、買い受けたという証拠になる文書なり証人なりを出してほしいです。 借りたというなら、借用書を見せてほしいものであります。
    私は、きょうこの日のために、思いつきや付け焼き刃的に物を言っているのではなしに、1980年3月に朝日新聞社から出版した『アイヌの碑』(朝日文庫収録) という自叙伝の中の193ページの5行目から195ページの3行まで、次のように書いてあります。

    「アイヌはアイヌ・モシリ、すなわち〈日本人〉が勝手に名づけた北海道を〈日本国〉へ売ったおぼえも、貸したおぼえもございません。
    しかし今となって、北海道に住んでいる〈日本人〉を〈日本本土〉へ帰れと言っても、そう簡単に帰れるものでないことは承知しています。
    そんな実現不可能なことをわたしは言いません。

     わたしは、今このアイヌ・モシリに住んでいるわたしたちも〈日本人〉も一緒になって、このアイヌ・モシリの自然を守りたい。 今まで何かと差別されてきた先住者のわたしたちアイヌの生活の向上のために、思い切った政策を実行して欲しい。

     家を不自由している人には家を建てて入れること。
    向学心に燃えても家庭の経済的事情で進学できない人には国費を出してやること。
    数の少ないアイヌだけでは国会議員、道会議員を選出することができないので、それを選出できる法律や条例をつくること。
    アイヌ語を復活させ、アイヌ文化の大切さを教えるため、希望する地域にはアイヌ語教育をする幼稚園、小・中学校、高校、大学を設置する。
    そして、これらに必要な経費は国や道が出す。
    元々の地主に今まで払わなかった年貢を払うつもりで出すこと‥‥‥

     少数民族の問題について、国はもちろん道も市町村もあまりにも理解がないと言いたいのです。 お隣りの中国では、少数民族の朝鮮族の住んでいる地域ですとパスの停留所の標識などは共通語の中国語と並べて朝鮮語でも書いてあります。 中国国内で五十四種族の少数民族の自治区はすべてそのように併記されているのです。 (実際、私は、延辺の朝鮮族のところへ行って見てきています。)
    昭和五十三年の夏、アラスカのボインパロー市へ市長からの招待で行ってきましたが、同市のエスキモーの自治区では、共通語は英語でしたが、小学校ではエスキモー語を教えていました。 細かいことは言いませんが、現在、世界的に少数民族問題が真剣に考え直され、その民族が持っている文化や言語を絶やさない努力がされています。
    そういう世界の趨勢に日本も遅れないように本気で取り組んで欲しいのです。
    アイヌは好き好んで文化や言語を失ったのではありません。
    明治以来の近代日本が同化政策という美名のもとで、まず国土を奪い、文化を破壊し、言語を剥奪してしまったのです。
    この地球上で何万年、何千年か、かかって生まれたアイヌの文化、言語をわずか百年でほぼ根絶やしにしてしまったのです」


    「論理」の鍛錬をしたことのない者は騙されてしまうが,論理がメチャクチャである。
    「アイヌモシリ」のことばは,このメチャクチャな論理から発し,ひとり歩きするようになっている。

    「アイヌの土地」を商品経済の「土地私有」の発想で論じているというメチャクチャも,やっつけねばならないものであるが,いまは問題を拡散させないことを優先して,"「アイヌモシリ」のことばのひとり歩き" という視点を導入することでよしとする。


    上の萱野の語り口から,「アイヌモシリ」ということばは,「イランカラプテ」と同じ類の,萱野の勝手解釈のことばであることがわかる。
    萱野は,そもそも「アイヌモシリ」の文脈を知らない。

    先ず,すぐわかることとして,「アイヌモシリ」は,北海道を指示することばではない。
    北海道を知らない者は,北海道を指示することばを持たないからである。

    また,「アイヌモシリ」は,「国土」の意味にはならない。
    国を知らない者は,国を指示することばを持たないからである。


    各地のアイヌがもっている地名を全部持ち寄ったら,すごい数になる。
    そりゃそうだろう──だからどうだというのか。
    しかし萱野だと,こうなる:
     「 これは何を意味しているでしょうか。
    北海道をアイヌモシリとアイヌ民族は言いながら、自分たちの国土として何不自由なく暮らしていた大きな証拠なのであります。

    人がもっている固有名をすべて持ち寄ったら,すごい数になる。
    人の対象になるようなものはすべて固有名をもっているという状態になる。
    だからどうだというのか。
    世界・宇宙が人間の「国土」だという意味にはならない。


    小学算数の問題解決は,論理がメチャクチャである。
    解に至ることが目的であり,推論の厳密化は目的ではないからである。
    解の到達に使えそうなものを,いろいろ探し出し・使うという具合である。
    萱野は,これである。
    この思考法には,名前がついている。
    レヴィ・ストロースの命名であるが,「ブリコラージュ bricolage」である (『野生の思考 La pensée sauvage』)。

    ブリコラージュは,問題解決には使えるが,命題の定立・証明には使えない。
    即ち,使ったら必ず間違う。
    ただし,当人は自分の間違いがわからないので,やっかいである。