Up アットゥシの製法 作成: 2018-11-22
更新: 2018-12-11


      菅江真澄 (1791), pp.562-567
    うらわかき童女(メノコ)あつまりて、アツシ織る木糸()をもて片□(クツツ)(䜌の下に巾)を織り、あるは細帯(アンネクツツ)ちふものぞ織ける。
    もとも此コタンのあたりをさして、臼アブタのアツシとてアツシの名どころなれば、かゝるをさなきメノコより、其業をいとなみけるにや。
    よきアツシはヲヒヤウといふ木の皮をはぎ()として、これをアツといふ。
    又級(しな)の木の皮を採り是をニベシとて織る。
    この()は、そのヲヒヤウにやや(つげ)り。
    至て品くだれるはニヰガツプ(はるにれ)とて、大葉柳に似たる木の皮を剥ぎ、たぎり湯に浸してのち流に晒し、日を経て、朽たゞれたるとき割き()として、カネダヰとて、またぶりのやうなるものに線柱(たたり)のごとにくり掛、あるは経苧(へそ)のやうに玉に作りたるもあり。
    筬(おさ)はアツシヲシヤといひて、詞も形もいさゝかたがふ(ばかり)の具なり。
    したそ、うはそをおし分るに、アツシへラとて二尺(ふたさか)あまりに、ひろさ二寸(ふたき)斗の板に(テント)あるをさし貫き、(ぬき)を入るにアツシケムとて、法の師の持る三鈷(さんこ)の姿せし梭子(かい)に、木糸()を曳かけ巻き重ね、纒木(はたきま)てふものは、細木にて隔木を三稜に組たるも、机のごときもあり。調糸(テカオツフ)(あやいと)を左右の子に引上て、機ものも無して、端は(くい)縛付(ゆはい)て腰にからまき、投足しても跏(あぐら)して織りぬ。
    クツツも、アンネクツツも、モロリちふ細帯も、アツシをるにことならず。


    1. 木の皮を剥ぐ
     村上島之允 (1800), p.59
      (<オヒョウの木の皮を剥ぐ>の図)



    2. 紡糸
     村上島之允 (1809),「六 衣服の部」:
    アツカプ (「ヲピウ(オヒョウ) の皮」) の圖


    アツヲン (「温泉にひたしやはらかになす」) の圖

     「 もし温泉なき地にては,止事を得ずして常の池沼等に(ひた)す事あれども,皮のやはらぎあしきゆへ多くは是をなさず。遠方の地といへども必ず温泉の有所に持行てひたす也。其辛苦せる事思ひはかるべし。」


     「 すべて皮を剥(ぎ)あつむるよりこれまでのわざは夷人男女のわかちなくともどもに為すといへども,糸につくるより後の事は女子の業にかぎる事なり。」


    アフンカル (「糸を造る」) の圖

     「 凡衣服を製する業のうち、此糸を績事尤かたき事にて、日かずを重ぬるにあらざれば(おは)らざるゆへ、晝夜のわかちなく、(いささか)のいとまもすておかずして勤るなり。 時ありて放行する事などあればそのアツの皮を持行て夜々投宿のところおよび途中休息のところにても是を為す。 其の業を勤るの心純一にして辛苦をかへりみざる事憐にたへたり。」


    カタキ (「糸を玉につくる」) の圖


    3. 機織
     村上島之允 (1809),「六 衣服の部」:
    カヽリケム (「糸を巻(く)針」) の圖


    はたに(すべ)る圖


    アツトシカル (「アツトシを造る」) の圖


    アツトシカルヲケレ (「アツトシを造る事終る」) の圖


    4. 裁縫
     村上島之允 (1809),「六 衣服の部」:
    アツトシウカウカ (「アツトシを縫う」) の圖


    トシヤウカウカ (「筒袖を造る」) の圖


    アツトシミアンベ (「衣の製全くとゝのひし」) の圖



  • 引用文献
    • 菅江真澄 (1791) :『蝦夷迺天布利』
    • 村上島之允 (1800) :『蝦夷島奇観』
      • 佐々木利和, 谷沢尚一 [注記,解説]『蝦夷島奇観』, 雄峰社, 1982
    • 村上島之允 (1809) :『蝦夷生計図説』