Up 漁撈 : 要旨 作成: 2016-07-21
更新: 2018-11-13


       最上徳内 (1791), p.66
    生涯住居を定めず数十里の海浜に住居す
    其宅と言(う)は 仮廬(かりや)にて 漁猟の沢山なる所あれば又移りて仮廬を作り住居するなり、
    生涯皆かくの如し、
    (これ)耕作の業を知らず (ただ)漁猟多きが故なり。

       Batchelor (1927), pp.78-80
     季節がやって来ると、鮭が群れを成して川を溯上して来た。
    その数はおびただしく、所によってはその魚体を押し合いながら上るので、流れからはみ出されて川岸に跳ね上がる鮭がいる程であった。
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     人びとは川に網を仕掛けたり、ヤスで突き刺したりして鮭を捕らえていたが、時には水面を泳いでいる鮭を棒で叩いて仕留めることも出来た。
    また何匹かの犬を川の中に泳がせ、鮭の群れをとり巻いて川岸まで追い上げさせて捕らえることことわざもあった。
    鮭を獲る季節は短く、イギリスの諺の「日の照るうちに草を干せ」どおり、ごく短期間の勝負であった。
     この時期に、獲った鮭を家屋内の(はり)にびっしりと吊して燻製にした。
    また屋外には、竿を横にわたした干し場が幾つも建てられ、そこでも身を裂いて開いた大きな鮭が所せましとばかり天日で干されていた。
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     ニシン(鰊)、イワシ(鰯)、タラ(鱈)、その他大小の魚類が沿岸では豊富に獲れたし、大きなカニ(蟹)や様々な貝類も幾らでも採ることが出来た。
    当時、私は大型のカニを六ペンスで手に入れることが出来たが、今ではその八倍の四シリングの値がつけられている。
    湖沼でも活きの良い淡水魚が沢山獲れた。
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     アザラシ(海豹)、セイウチ(海馬)、イルカ(海豚)、メカジキ(目旗魚)、ゴンドウクジラ(巨頭鯨)、カツオ(鰹)なども、この沿岸では豊富に獲れたし、時には大きなクジラ(鯨)が浜辺に打ち上げられることもあった。
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     北海道の沿岸ではオットセイ(膃肭臍) はもうほとんどその姿を見ることが無くなってしまったが、以前には北方の海域には多く住み、毎年のように繁殖の地であるシベリアの海へ'向かう途中、群れをなしてハコダテの沿岸や噴火湾を泳ぎながら通過していたのである。
    アイヌはこのオットセイを沢山捕らえて交易用の毛皮にしたり、また自分たちの柔らかくて着やすい衣料とし、その肉は食料にした。


    引用文献
    • 最上徳内 (1791) :『蝦夷風俗人情之沙汰』
        高倉新一郎編『日本庶民生活史料集成 第4巻 探検・紀行・地誌 北辺篇』, 三一書房, 1969. pp.439-484
    • Batchelor, John (1927) : Ainu Life And Lore ─ Echoes of A Departing Race
        Kyobunkwan (教文館), 1927.
        小松哲郎 訳『アイヌの暮らしと伝承──よみがえる木霊』,北海道出版企画センター, 1999.