Up 交換比率 作成: 2018-12-24
更新: 2018-12-24


      高倉新一郎 (1974), pp.138,139
    交易は相対で行なわれたが、長年繰り返されている間に慣習ができ、交換比率も重要な商品、たとえば鮭・米などを基礎としてやや一定するに至った。
    米は、古くは不明であるが、天明 (1781〜1789) ごろには八升 (約14.4 リットル) 入りが一俵となっていた。
    交換比率は、寛政二年(1790) 当時、米一俵につき生鮭五束、干し鮭は七束だったという。
    一束は二〇尾でアイヌの干し魚の交易単位であった。
    アイヌは二十進法を使ったことと関係があるものと思われる。


    引用文献
    • 高倉新一郎 (1974) :『日本の民俗 1北海道』, 第一法規出版社, 1974