Up 敬神・礼儀の説諭 作成: 2019-01-23
更新: 2019-01-23


    例. 獲物に対する礼儀が大事なことを説諭するカムイ・ユカル:
   知里幸惠 (1923) から:
  梟の神が自ら歌った謡「コンクワ」
「コンクワ
昔私の物言う時は桜皮を巻いた弓の
弓把きゅうはの央を鳴り渡らす如くに
言ったのであったが,
今は衰え年老いてしまった事よ.
けれども誰か雄弁で
使者としての自信を持ってる者があったら,
天国へ五ツ半の談判
を言いつけてやりたいものだ.」と
たがつきのシントコの蓋の上をたたきながら
私は言った,ところが入口で誰かが
「私をおいて誰が使者として雄弁で
自信のあるものがあるでしょう.」というので
見るとからすの若者であった.
私は家に入れて,それから,たがつきのシントコの
蓋の上をたたきながら
鴉の若者を使者にたてる為
その談判を云いきかせて三日たって
三つ目の談判を話しながら見ると
鴉の若者は炉縁の後で
居眠りをしている,それを見ると,しゃく
さわったので鴉の若者を
羽ぐるみ引っぱたいて殺してしまった.
それから又たがつきのシントコの蓋の上を
たたきながら
「誰か使者として自信のある者が
あれば天国へ五ツ半の
談判を言いつけてやりたい.」と
言うと,誰かがまた入口へ
「誰が私をおいて,雄弁で
天国へ使者に立つほどの者がありましょう.」
と言うので見ると山のかけす
であった.
家へ入れてそれからまた
たがつきのシントコの蓋の上をたたきながら
五ツ半の談判を話して
四日たって,四つの用向を言っているうちに
山のかけすは炉縁の後で居眠りをしている.
私は腹が立って山のかけすを羽ぐるみひっぱたいて
殺してしまった.
それからまたたがつきのシントコの蓋の上を
たたきながら,
「誰か雄弁で使者として
自信のある者があれば,天国へ
五ツ半の談判を持たせてやりたい.」
と言うと,誰かが
つつしみ深い態度ではいって来たので見ると
川ガラスの若者,美しい様子で
左の座に坐った.それで私は
たがつきのシントコの蓋の上をたたきながら
五ツ半の用件を夜でも
昼でも言い続けた.見れば
川ガラスの若者,何も疲れた様子もなく
聞いていて昼と夜を
数えて六日目に
私が言い終ると直ぐに天※(「窗/心」、第3水準1-89-54)から
出て天国へ行ってしまった.
その談判の大むねは,人間の世界に
饑饉があって人間たちは今にも
餓死しようとしている.どういう訳かと
見ると天国に
鹿をつかさどる神様と魚を司る神様とが
相談をして鹿も出さず魚も出さぬことに
したからであったので,神様たちから
どんなに言われても知らぬ顔をして
いるので人間たちは猟に
山へ行っても鹿も無い,魚漁に
川へ行っても魚も無い.
私はそれを見て腹が立ったので
鹿の神,魚の神へ使者をたてた
のである.
それから幾日もたって
空の方に微かな音がきこえていたが
誰かがはいって来た.見ると
川ガラスの若者,今は前よりも美しさを増し
勇ましい気品をそなえて
返し談判を述べはじめた.
天国の鹿の神や魚の神が
今日まで鹿を出さず魚を出さなかった
理由は,人間たちが鹿を捕る時に
木で鹿の頭をたたき,皮を剥ぐと
鹿の頭をそのまま山の木原に
捨ておき,魚をとると
腐れ木で魚の頭をたたいて殺すので,
鹿どもは,裸で泣きながら
鹿の神のもとへ帰り,魚どもは
腐れ木をくわえて魚の神の
許へ帰る.鹿の神,魚の神は
怒って相談をし,鹿を出さず
魚を出さなかったのであった.がこののち
人間たちが鹿でも魚でも
ていねいに取扱うという事なら鹿も出す
魚も出すであろう,と鹿の神と
魚の神が言ったという事を詳しく申し立てた.
私はそれを聞いてから川ガラスの若者に
讃辞を呈して,見ると本当に
人間たちは鹿や魚を
粗末に取扱ったのであった.
それから,以後は,決してそんな事をしない様に
人間たちに,眠りの時,夢の中に
教えてやったら,人間たちも
悪かったという事に気が付き,それからは
ぬさの様に魚をとる道具を美しく作り
それで魚をとる.鹿をとったときは,鹿の頭も
きれいに飾って祭る,それで
魚たちは,よろこんで美しい御幣ごへいをくわえて
魚の神のもとに行き,鹿たちは
よろこんで新しく月代さかやきをして鹿の神
のもとに立ち帰る.それを鹿の神や
魚の神はよろこんで
沢山,魚を出し,沢山,鹿を出した.
人間たちは,今はもうなんの困る事も
ひもじい事もなく暮している,
私はそれを見て安心をした.
私は,もう年老い,衰え弱った
ので,天国へ行こうと
思っていたのだけれども,私が守護している人間の国に
饑饉があって人間たちが餓死しようとしているのに
構わずに行く事が出来ないので,
これまで居たのだけれども,今はもう
なんの気がかりも無いから,最も強い者
若い勇者を私のあとにおき人間の世を
守護させて,今天国へ行く所なのだ.
と,国の守護神なる翁神(梟)が
物語って天国へ行きました.と.


    引用文献
    • 知里幸恵 (1923) :『アイヌ神謡集』, 郷土研究社, 1923
      • 岩波書店 (岩波文庫), 1978
      • 青空文庫 (http://www.aozora.gr.jp/cards/001529/files/44909_29558.html)