「ユーカラ」の語は,つぎの二通りに用いられている:
- Kamui-yukar,Oina,Yukar の総称
- Yukar (英雄詞曲) の呼称
本テクストでは,「ユーカラ」の語は a の意味で用い,b はそのまま「ユカル」と言うことにする。
|
久保寺逸彦 (1956), pp.150,151
人間の英雄をヒーローとする、いわゆる「ユーカラ」の名で知られている英雄詞曲には、種々のものがある。
(1) 胆振および、日高・沙流地方などでいう Yukar、
(2) 胆振から渡島へかけての Yaierap, Yairap、
(3) 十勝・釧路・北見などで行われるSakorpe、
(4) 日高その他で行われる Hau、
(5) 樺太でいう Hauki
などが、それである。‥‥‥
最上徳内( 白虹斎)序、上原熊治郎編『蝦夷方言藻汐草』(一八O四年刊、再販) の世事部には、「軍談浄瑠璃ユーガリ」「騒動浄瑠璃サコルベ」と見えている。‥‥‥
かく名称は異なっても、吟誦の仕方も、内容も、ほとんど同一で、一篇の主人公の名と発祥の地を異にするに過ぎない。
すなわち、
(1) の Yukar においては、Shinutapk を発祥地とし、主人公は、Poi-Shinutapka-un-kur「小シヌタップカ人」。
シヌタップカの城主 Shinutapka-un-kur の子、綽名して Poi-Yaunpe (小さい本土の者、小さい我が国の者) と呼ぶ少年であり、
(2) の Yaierap は、Otasam (「砂の側、すなわち砂丘の傍」の義) の地を発祥地とし、Pon-Otasam-un-kur (小オタサム人、オタサムの城主の子) を主人公とし、
(3) の Sakorpe は、発祥地も主人公も全く (2) に同じい。
(4) の Hau においては、発祥地が Otashut (「砂丘の麓」の義)、もしくは Otasam であり、主人公は Pon-Otashutunkur (小オタストゥ人) もしくは、Pon-Otasamunkur であり、
(5) の樺太の Hauki は、Otashut の地を根拠地とし、Pon-Otashutun-kux (ポノタシュトゥンク) をヒーローとしている。
|
|
|
同上, p.152
英雄詞曲「ユーカラ」は、
シヌタップカの山城 chashi の奥深く斎き育てられた強勇無双、鬼神のごとき小英雄、小シヌタップカ人、またの名ポイヤウンペを一篇のヒーローとして、その数奇な生い立ち、やや長じてより敵との間の壮烈果敢な戦闘の状景を内容とし、
詞曲伝承者 Yukar-kur によって諷詠吟誦され来たった、
アイヌ民族の持つ大叙事詩である。
アイヌの持つ叙事詩中、最も文芸的な発達を遂げたもので、短くても二〜三千行、長大なものは数万行におよぶ一大雄篇も少なしとしない。
かかる長大なものであるがゆえに、‥‥‥ 完全な形では伝わらないものも少なくない。
|
|
|
同上, p.153
神謡 Kamui-yukar に対して、この英雄詞曲のヒーローは、アイヌ民族理想の神人「ポイヤウンペ」であるから、「人間の詞曲」Ainu-yukar とも呼ばれる。
|
|
引用文献
- 久保寺逸彦 (1956) :「アイヌ文学序説」, 東京学芸大学研究報告, 第7集別冊, 1956
- 『アイヌの文学』(岩波新書), 岩波書店, 1977
|