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久保寺逸彦 (1956), pp.155-157
この長大な叙事詩「ユーカラ」を伝承する人を Yukar-kur (伝承詩人)と呼ぶ。
文字の使用を早くから知り、もっぱら筆録することを記憶の助けとすることに慣れてしまった者から考えれば、何万行にもわたる厖大な叙事詩を伝承するといっても、伝承されたまま一句一句誤らず記憶して、そのまま吟誦し得るものだろうかという疑念は、当然起こって来る。
文字のない社会、文字以前の社会生活‥‥‥では、すべてを記憶しなければならぬ必要から、かかる一見不可能なことを可能ならしめていたのである。
『古語拾遺』の
「上古之世、未有文字、貴賎老少、口口相伝、前言往行、存而不忘」
という記載は、一昔前のアイヌの伝承詩人を見ることによって、推測しうるし、太安万侶をして、
「為人聡明度目誦口、払耳勤心」(『古事記』序文)
と驚嘆させている稗田阿礼のような老翁・老媼は、アイヌの中では、今でもなお見出されるのである。
かつて私は、一九三一(昭和六)年の夏、日高・平取の平村コタンピラ (一八六三、文久三年生まれという) 老伝承詩人から「Naukep-kor-kur (毒鉤の魔神)」というユーカラを筆記したことがあったが、長い夏の日、朝は七時ころから、暗くなるまで、昼飯ぬきで書きつづけて (筆記できる程度で、節なしで、ゆっくり言ってもらったので、実際の演奏よりは、はるかに手間どる)、五日もかかって、やっと書き終えた経験がある。
一句一句のラインを数えて見たら、三万千余行もあって、いまさらのように驚いたのであった。
ことの序でに、コタンピラ翁に、知っているユーカラの題目 aekirushi を訊ねて見ると、ざっと二十余曲、これを筆記するとしたら、二、三年続けて書いても書き了えられるかどうかというほどの量である。
私は、しみじみ、筆録するということが、口でいうことに比して、いかにもどかしく、手間どるものかということを痛感したのであった。
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ユーカラの本質は,形(かた) である。──ユーカラは,形に昇華する。
形(かた) の機能は,生成 (融通無碍) である。
Yukar-kur になるとは,この形を身につけるということである。
──ユーカラの記憶は,丸暗記ではなく,生成的記憶である。
つぎの言は,「形式」を捉え損なって「常套句」の話にしてしまっているが,生成的記憶に着目しているわけである:
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同上, pp.157,158
私は「ユーカラ」九曲、「ハウ」四曲、「婦女詞曲 Mat-yukar, Menoko-yukar」一五曲ほど、採集した経験から、アイヌの伝承詩人の伝承には、常套句の反覆ということが、いかに記憶を便ならしめているかということを知った。‥‥‥
それを覚えるだけで、一定の叙述表現をもって演奏すれば、場面はどんどんと進行していくことになる。
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引用文献
- 久保寺逸彦 (1956) :「アイヌ文学序説」, 東京学芸大学研究報告, 第7集別冊, 1956
- 『アイヌの文学』(岩波新書), 岩波書店, 1977
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