知里真志保『アイヌ文学』(民族教養新書), 元々社, 1955. (復刻版 2011)
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pp.36,37
悪魔ばらいの踏舞行進の際、女は細いかん高い声で「ウォーイ」「ホーイ」「オーイ」と叫ぶ。
それは神々を呼ぶための特別の儀礼的な叫びである。
また男は熊の捻り聾にも似た太い重々しい聾をのどの奥から絞り出して「フ、ウォー、ホーイ」と叫ぶ。
フウォーというのは本来悪魔を威嚇して遠ざけるための「いがみ聾」であり、ホーイは先に述べたように神を呼ぶための叫ぴ聾である。
それが語り物の中では多く「フ、オホホーイ」という文句になって出てくる。
男の叫び聾、或は男がそういう叫ぴ聾を発することを「ホコクセ」(hokokse)「オコクセ」(okokse) と云い、女の叫び聾、或は女がそういう叫ぴ聾を発することを「ベウタンケ」(pewtanke) 或は「リミムセ」(rimimse) と云う。
これらの叫び撃は、悪魔ばらいの踏舞行進の場合だけでなく、個人でも何か異変が起った際に発して神の助けを求める。
アイヌの考えによれば、神々はふだん神の国においては、人聞の部落に背を向けてあちら向きに坐り、男神ならば彫刻に没頭し、女神ならば刺繍に専念していて、人間界に何事があっても急にはこちらを振り向かない。
そこで人間界に何か異変のある際は人間の方から叫び聾を発して神を振り向かせ、その助けを求める必要があるのである。
その際でも男の叫び聾 (ホコクセ) は太く重々しい唸り声なのでなかなか神の国までは届かない。
そこでよくよく急ぎの場合は男でも女のように細い撃を出してホーイと叫ぶ。
するとアイヌの俚諺にもある通り「女子の危急の叫びには如何なる神も振返る」のである。
アイヌの踊や歌や神謡の折返しの中に、「ホーイ」「ホイ」「ウォーイ」「ウォイ」「ウォー」「ホーl」「ホイ・ヤー」などのような「はやし」や「かけ声」がひんばんに現われるのであるが、それらは従来あっさりと無意味な音声群と片づけられていたものの中には、実はこの危急の際に神を呼ぶ儀礼的な叫びだったものがあるにちがいないのである。
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