知里真志保『アイヌ文学』(民族教養新書), 元々社, 1955. (復刻版 2011)
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pp.29,30
アイヌ語には
「ヤヤン・イタク」(yayan-itak 普通のことば、日常語)と
「アトムテ・イタク」(atomte-itak 飾ったととば、雅語)
との別があり、また
「ルパ・イタク」(rupa-itak 節のつかぬ語られることば) と
「サ・コル・イタク」(sa-kor-itak 節のついた謡われることば)
の別があって、すこし開き直って物を云う場合には、ふだんの調子で語る (rucha-ye) のではなく、雅語に一種とくべつのふしをつけて謡う(sa-ko-ye) ことをするのである。
こうして、次のようなものはすべて一種とくべつの調子を以て謡われる。
(1)「ウケウェホムシュ・イタク」(ukewehomsu-itak
悪魔ばらいの儀礼的行進の際に述べられる誦呪の辞)
(2)「イノンノ・イタク」(inonno-itak 祭詞、祈詞)
(3)「チャランケ・イタク」(charanke-itak 談判の辞、裁判の辞)
(4)「ウコヤイクルカルパ・イタク」(ukoyaykurkarpa-itak
会見のあいさつのことば)
これらの内、(1) の誦呪の辞は、アイヌの部落に何か異変のあった際、男女が踏舞して悪魔を追い神の助けを呼ぶための叫び声をあげながら行進し、酋長が行列の先頭に立って太刀を振りかざし振りかぎし高らかに言挙げするものであるが、恐らくこの種の「節をつけて謡う言辞」を述べる際の最も原始的た姿であったろう。
(2) (3) (4) の各種の言辞も、もとは立って踏舞しながら述べたものであったらしく、屋内で坐って述べるようになった後でも、その手ぷりの上に、またその張りきった調子と文句の上に、昔のおもかげがしのばれるのである。
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