Up 抒情曲調 Shinotcha 作成: 2019-01-14
更新: 2019-01-14


      久保寺逸彦 (1956), p.62-64
    各人、嬉しいにつけ、悲しいにつけ、淋しいにつけ、侘びしいにつけ、歌を歌う時には、いつも口癖のようになっている個人の節まわしというものをもつ ‥‥‥
    それが、Shinotcha というもので、私が、かりに訳して、抒情曲調と呼ぶものである。
    Shinotcha の原形は、Shinot-sa である。
    shinot は、動詞として「遊ぶ」「遊戯する」「踊る」「歌舞する」、名詞として、「遊び」「遊戯」「踊り」「歌舞」を意味し、
    sa は「節調」「曲調」を意味する名詞である。
    従って、shinotcha < shinotsa は、「遊びの節まわし」という意味にも解され、「歌舞の曲調」の意味にも解せられる。‥‥‥
    Shinotcha「抒情曲調」は、それ自身は言葉になってはいない。
    例えば、
     (1) "Hore ii, hore ii".
     (2) "Hore hore, horenna".
     (3) "Horenna horen".
     (4) "Hau o o haita, hau o o yana".
    とかのように、ほとんど意味のない個人的に一定した音群のりズムを、声の高低の変化によって、長めたり、短くしたりして繰り返すのである。
    これだけでも、もう一種の歌であるし、またこれを繰り返していくうち、ほとんど忘我の境、いわば一種の異常意識の状態に入ったかのように、心に浮かび思いつくままを、感興の赴くままに、即興的に一句一句纏めて、その中へ投げ入れていくと、そこに抒情歌謡が生まれて来る。‥‥‥
    一度、興に乗じて歌詞が口を衝いて出るようになると、とめどもなく、次から次へと続いて果てしがないことがある。

      同上 pp.65,66
    「シノッチャ」は、個人的に幾つかの曲調が、型のようにほぼ一定しているばかりでなく、地方的にも類型があるのではないかと考えられている。
    だからアイヌの人は、ちょっと聴いただけで、「ああ、これは沙流のシノッチャだ」「静内のだ」「旭川だな」「胆振のだな」などと言う ‥‥‥


    引用文献
    • 久保寺逸彦 (1956) :「アイヌ文学序説」, 東京学芸大学研究報告, 第7集別冊, 1956
      • 『アイヌの文学』(岩波新書), 岩波書店, 1977