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Munro (1938), pp.174,175
巨大な〈シリカプ〉(メカジキ) を仕留めに向かうことは、「魚を獲る」とは呼ばずに「猟に行く」と言い、この猟には現在でも遥か沖合いまで舟で向かうアイヌの漁師たちがいます。
今世紀 (二十世紀) の初頭に私がこの猟を見た時には、これはまさに胸を踊らす熱狂的な猟でした。
それぞれの丸木舟に乗った漁師たちは、この巨大な魚を捕獲しようと互いに競い合っていました。
この猟には危険が付き物であって、怪力のあるこの魚は剣のような嘴を丸木舟に突き刺したり、時によっては舟を転覆させることもありました。
そのような危急の際には、漁師たちは舷を激しく叩き、普通はあまり遠く離れていない海上にいる他の漁師たちに知らせて救助を求めるのでした。
この猟は危険に満ちた冒険でもあるので、これに対抗して備えるには、宗教的な呪術に頼るしかありません。
〈カムイフチ〉(火の女神) と、深海の大神である〈レプ ウン カムイ〉(沖の神=鯱) に向かって祈りの言葉を唱え、また、〈ペヌプ カムイ〉(イケマ・生馬 [ガガイモ科の蔓性の多年草で、その根は有毒である] の神) に向かっては風変わりな祈りが唱えられます。
この〈ペヌプ〉または〈イケマ〉と呼ばれるガガイモ科の植物の根が、悪霊を追い払うのに大いに効き目があるとされていることについては既に述べた通りです。
銛につないだ紐には、この植物の根を噛み潰して塗り付けてあります。
悪霊たちを欺ために、鉛筆ほどの太さに縒り合わせて作った麻紐を、漁師たちは〈トゥシ〉(紐) とは呼ばずに〈ヌニン ペ〉(腐ったもの) と呼ぶことにしています。
この紐が腐っていることをさらに誇張するために、こうすれば紐はますます腐りやすくなるぞと言わんばかりに、舟底に溜まった水を紐の土に何度もかけて悪霊たちに見せつけてやります。
この時の祈祷の中では、それも実際に海に出た時には、〈チプ〉(舟) という言葉は使ってはならないことになっています。
これは、海に住む悪霊がこの言葉を聞いて嵐を起こしたり、メカジキに舟を襲わせて漁師の生命を奪うようなことをきせないための配慮なのです。
従って海の上では、舟のことを〈ニ マム カッキマッ〉(木を泳がせる女性)、または〈カムイ シンタ〉(神の揺りかご) と呼ぶことにしています。
この〈カムイ シンタ〉という表現は、伝承叙事詩の中にも見出すことが出来ます。
これとは別の魚獲りの際や、丸木舟を刳り抜いて作る作業を続けている場合にも、この時と同じように〈チプ〉という言葉は避けて用いないように留意しています。
私が見た時のこの巨大な魚は長い棒に吊され、そこには〈イナウ〉の削り房が供えられ、さらにこのような素晴らしい食べ物を人々に与えてくれたメカジキの恵みへの感謝の言葉が述べられていました。
ずっと以前にバチェラー氏が観察した時には、嘴を付けたままのこの魚の頭の部分を逆さまにして地面に突き刺し、それに向かって捧酒と称賛の祈りがなされていたということです。
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引用文献
- Munro, Neil Gordon (1938) : B.Z.Seligman [編] : Ainu Creed And Cult, 1962
- 小松哲郎[訳]『アイヌの信仰とその儀式』. 国書刊行会. 2002
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