Up アザラシ (氷上猟) 作成: 2019-02-09
更新: 2019-02-09


      串原正峯 (1793), p.507
    宗谷會所の前、海越に向てノツサブの崎へ差渡し海上三里程、濱邊通り陸を廻りては六里程有て、入輸になりたる所なり。
    海上寒前より磯へ氷張る。
    厚さ壹寸より貳寸位なり。
    岡通りは壹尺程に氷張る。
    立春過ヤマセ 東風なり 吹て、唐太嶋の方より山のごとくに氷を一度に押来。
    其ときはソウヤよりリイシリまて十八里は海上幷レブンシリの方まで海上一面に氷山のごとくになる。
    其時氷の上に水豹乗り居る故、蝦夷人とも氷の上を走り歩行、水豹を獵するなり。
    ヒカタ 西南の間の風 ふき、一度に氷下地シヤリの方へ流れ行なり。
    去る亥の春宗谷領の内サロゝ、ヱノベツ、トウベツ、トコロ右四ケ所蝦夷三百人程水豹取にいで、難風に逢、一度に氷□ [氵+ 戈] に打れ、壹人も残りなく死せしよし。
    尤右水豹取に行時は船に飯糧幷に薪水等も用意し、氷の上へ船を引揚、丸小屋をかけ、假住居をなし、水豹見ゆれば矢を放し、又はヤスといふものにて突留取事なり。


    引用文献
    • 串原正峯 (1793) :『夷諺俗話』
      • 高倉新一郎編『日本庶民生活史料集成 第4巻 探検・紀行・地誌 北辺篇』, 三一書房, 1969. pp.485-520.