Up 人別改め 作成: 2019-02-03
更新: 2019-02-03


    松浦武四郎は,彼の第6回蝦夷地調査で,人別改めを併せて行っている:
      松浦武四郎 (1858), pp.673,674
    扱また西岸ヲハウシナイの少し上の方に、人家三十一軒有。是を今は
      ビラトリ村
    と云り。
    先岸に船をよせて上陸して、当所乙名チヤリアマ家えよる 五十六才 に、其家八九間有て頗る大家也。 行器・耳盥(みみだらい)手筥(てばこ)、太刀・短刀等百振余も飾りて美々敷さま也。 我が至るを待て眉豆(いんげん)を煮て出す。
    妻ヱヒサヌ 五十一才、 倅イベアンケ 弐十八才 嫁カタンチリ 二十七才、 娘シヨシマツ 三才、 イへアンケ姉ルハサン 三十三才 等家内六人にて暮しけるに、 其内倅と姉と二人雇に下られたりと。
    また其隣
    家主イへウチユク 五十二才女の子、 聟ハマウク 四十二才、 妻ヲシベレ 二十二才 等家内三人にて暮しけるが、 是も聟は雇に下られたり。
    また其隣
    家主ウワツク婆 四十一才、 倅サニケカ 八才、 弟一人 五才 等家内三人にて暮しぬ。
    また其隣
    家主イカリトモ 六十八才、 妻モレンヒ 四十八才、 倅ハレカナ 三十一才、 嫁アノアレ 二十二才 等家内四人にて暮し、 其内倅夫婦は雇に下られたり。
    また其隣 ‥‥‥

    彼はこの人別改めを乙名役のアイヌからの聞き取りで行っているが,年齢は,聞き取りで得られるものではない。
    アイヌは,「齢を数える」の概念をもたないからである。
    このことから,彼の調査は,会所で作成されている台帳をもとに行っていることがわかる。
    要するに,台帳の更新をやっているわけである。


    場所勤めの任に当たったものは,地域の住人の人別改めを先ず行う。
    これは,強いられずともやるものである。
    事業は,この情報を持たずに行えるものではない。
    そして,調査するときは,適当にやるより,きちんとルーチンワークでやる方が,結局効率がよい。
    それは,網羅的調査ということになる。

    人別改めは,役アイヌ (乙名等) からの聞き取りで足りる。
    よって,年度毎の調査も,手間はかからない。

    人別改めの開始時は,年齢はわからない。
    しかし,人別改めを百年続ければ,登記された者すべてに年齢が付くようになる。
    松浦武四郎の上記調査は 1858年のものであるから,その百年前に人別改めが開始されていればよい。
    そしてそれは,松前藩が成って百年以上も経っているときであるから,当然人別改めは行われているわけである。


    引用文献
    • 松浦武四郎 (1858) :『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌』「戊午第四十巻 東部 沙留誌 弐」
      • 高倉新一郎[校訂], 秋葉実[解読]『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中巻』, 北海道出版企画センター, 1985, pp.669-702.