Up 「スッキリ(日テレ) アイヌ差別表現問題」 作成: 2021-08-28
更新: 2021-08-28


    アイヌ利権・アイヌ観光は,マスコミによる「アイヌ」キャンペーンを頼りにするものになる。
    マスコミは,自分の「アイヌ」キャンペーンが "アイヌ" から感謝されていると思う。
    そこで,「サービス精神」の発揮となる。

    マスコミは,つぎのことがわかっていない:
      マスコミによる「アイヌ」キャンペーンをありがたいものとする "アイヌ" は,アイヌ利権・アイヌ観光の中に自分を措いている "アイヌ" である。


    実際,アイヌ利権・アイヌ観光は,かつては "アイヌ" が批判するものであった。
    即ち, それは虚偽の "アイヌ" を伝えるものだ,と批判した──「そんなアイヌは存在しない!

    つぎに "アイヌ" イデオロギーの時代には,ことば・表現・思想狩りが盛んに行われた。
    マスコミはこれにすっかり萎縮し,「触らぬ神にたたり無し」の(てい)で,「アイヌ」物はいっさい扱わないようになった。


    時代は,移り変わる。
    イデオロギー派 "アイヌ" は後退し,アイヌ利権・アイヌ観光に乗っかろうとする派が主流になる。
    そしていまの状況──マスコミがアイヌ利権・アイヌ観光の先頭に立って「アイヌ」をキャンペーン──になっているわけである。


    いまのマスコミは,いまの状況を「ふつう」にしている。
    世代交代によってこうなるわけである。
    彼らは,いまの状況に至る経緯を知らない。

    この無知は,「サービス精神」を発揮しているつもりでしくじる,となるものである。
    「スッキリ(日テレ) アイヌ差別表現問題」は,この類である。


    この手のしくじりは,「謝罪」へと進行する。
    そしてその「謝罪」は,きまって「アイヌ民族」実体論になる。
    「アイヌ民族」は,イデオロギーの産物である。
    しかしこれに拝礼するのが,「謝罪」の形になるのである。


    マスコミとは,始めから終わりまで,つくづくろくなことをしないものである。
    こうなるのは,己の無知を知らないだけでなく,ものを知ったつもりになって世論をリードしようとするからである。
    「スッキリ(日テレ) アイヌ差別表現問題」の顛末は,マスコミの<一事が万事>である。



    :「スッキリ(日テレ) アイヌ差別表現問題」の顛末
      資料として, ここにメモしておく:

      北海道新聞, 2021-08-26, 09:34
    日テレ『スッキリ』アイヌ民族差別表現、番組内で謝罪
    検証チームが調査、放送に至った経緯を説明
     26日放送の日本テレビ系朝の情報番組『スッキリ』(月〜金 前8:00)で、今年3月の放送でアイヌ民族について不適切な表現を使った件に触れ、番組内で謝罪し経緯を報告した。
     放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会は7月21日、今回の問題について「放送倫理違反があった」との意見を発表している。
     同局執行役員の山田克也情報・制作局長は「3月放送の『スッキリ』で、アイヌ民族の皆さまを深く傷つける差別表現がありました。アイヌ民族の皆さま、関係者の皆さま、視聴者の皆さまに深くおわび申し上げます。大変申し訳ありませんでした」と謝罪。「先月出されたBPOの意見書では『放送倫理違反があった』と厳しく指摘されました。日本テレビでは皆さまのご意見を真摯に受け止め、二度と同じようなことが起こらないように番組制作に努めてまいります。この度は誠に申し訳ございませんでした」と、深々と頭を下げた。
     同局が検証チームをつくり経緯を調査。番組内では差別表現がなぜ放送されてしまったのか、時系列にそって説明した。番組の問題点として「コーナー担当者全員がアイヌ民族の歴史や差別に関する知識が乏しく直接的な差別表現であるという認識がなかった」「担当チーム以外への情報共有するシステムがなく第三者的視点でチェックする体制がなかった」と検証。放送後の対応についても「放送を見たチーフプロデューサーが違和感を覚えながら訂正や謝罪を即座に判断できなかった」とした。
     またBPOはこの問題について「隙だらけのチェック体制」「制作番組に対するこだわりの薄さ」「差別に関する知識の乏しさと放送人としての感度の低さ」「差別の意図はなかったとしても許されない表現」と指摘した。
     MCの加藤浩次は「非常に重い指摘だと思います。この4つの問題点で差別の意識がなかったとしても差別に当たると、スタッフ含め本当に反省しないといけないと思います。僕自身も北海道出身という立場にありながら、番組の中で速やかに謝罪することができなかったことを、ここに深くお詫び申し上げたいと思います。本当に申し訳ございませんでした」と謝罪した。


      exciteニュース, 2021-03-12, 17:00
    『スッキリ』のアイヌ文化の番組紹介に「最低限勉強して」抗議の声
    差別用語を使い物議に?
     12日放送の『スッキリ』(日本テレビ系)でアイヌへの差別用語が使われたとして、視聴者から抗議の声が集まっている。
     問題となっているのは、毎週金曜日の最後に放送されているHuluのおすすめ番組を紹介する「週末ジョイHuluッス」のコーナー。芸人の脳みそ夫がスッキリスの着ぐるみを着て進行するコーナーになっている。
     コーナーでこの日紹介されたのは、いまを生きるアイヌ女性の葛藤を描いたドキュメンタリー「Future is MINE -アイヌ、私の声-」。アイヌ文化の中で生まれ育った女性がアメリカの先住民族の元を訪れ、「自分の道」を見いだそうとする様子を記録したと紹介された。
     脳みそ夫は「アイヌって本当に美しいッスね〜」と感想を述べていたが、最後に「ここで謎かけをひとつ」と切り出す場面が。脳みそ夫は「この作品とかけまして、動物を見つけたととく。その心は……」「『あ、犬!』(アイヌ)。ワンワンワンワン!」と謎かけを披露していた。
     しかし、「あ、犬」という言葉は実際にアイヌへの差別やいじめで使われてきた言葉。アイヌへの差別についてまとめた論文にそうした証言が残っていることから、視聴者から「ひどすぎる…」「ダジャレじゃなくて、『畜生がいる』『毛むくじゃらの人がいる』って意味で使われてきた言葉なんだよ、これ」「作品を取り上げるなら最低限勉強して」といった批判の声が殺到している。
     この謎かけについて、脳みそ夫が考えたものなのか、台本にあったものかは不明だが、ネットからは批判だけでなく、なぜこの言葉が使われることになったかの説明と番組での訂正、謝罪を求める声もあった。
     多くの視聴者が差別だとして怒りを感じたこの言葉。番組は視聴者からの抗議に対応するのだろうか──  


      脳みそ夫, 2021-03-15



    備考:「ア・イヌ(犬)」の文脈
      鳩沢佐美夫 (1964) : pp.129-134 (『沙流川──鳩沢佐美夫遺稿』)
     為男は、別に学校が嫌いではなかった。が、何かにつけて、アイヌ!コタン!と言われたりすると、秀雄のように学校をさぼろうかなと、思うこともあった。親戚の秀雄は、このごろ、よく学校を休んでいた。誰かの話だと、なんでも鞄を背負って、家は出ていると、いうことであった。

     為男が皆の中にとけこもうとしても、どうしてかのけ者にされてしまう。どんなに事情を証明しても、級友たちは、言い合わせたように、為男の言うことを信じてくれなかった。そのあたりから、いつも喧嘩になるのであった。

     為男は、釣りに行って、すごく大きな鮒を二回も釣り上げたことがある。翌日、別に自慢しようと思ったわけでもなく、登校しながら、猛たちにその話をして聞かせた。が、猛は、相変わらず、
    「嘘だ」と、言って利かなかった。
    「嘘でないぞ、したら、亀夫ちゃんに訊いてみれ」
     と、為男は言った。

     その釣りから戻る途中に、亀夫に出会ったので、実際に釣った鮒を見せたし、その沼も教えてやったのである。
    「嘘でないもな、亀夫ちゃん」と、為男は加勢を求めた。
     亀夫は、いったん返辞しかけた。が、猛の顔を見ると、ふいっと態度を変えてしまった。
    「亀夫ちゃん」
     と、為男はとりすがるようにした。
    「きんの、釣った鮒、見せたもな‥‥‥」
     それでも亀夫は、遠くのほうを見やっていて、関わり合おうとしなかった・
    「亀夫ちゃん」
     と、また為男は言った。
     が、おし黙っていた亀夫が、
    「あっ! ア・イヌ来た」
     と、素頓狂な声をあげた。
     皆は、いっせいに亀夫が指すほうを見やった。が、どこにも、犬は見あたらなかった。
    「犬なんか、来ていないんでないか」
     と、為男は、抗議するでもなしに言った。
    「あら、あしこに来ているんでないか」
     と、亀夫は、顎をしゃくった。が、やっぱり犬は見えなかった。
    「ア・イヌ来た、ほんとうだ」
     と、猛や、満も言い出した。
     為男は、何事かに思い当たった。向こうから、アヌテヤ・ハポ (婆) が来ていたからであった。
    「嘘だい!」
    「嘘でないぞ、あそこに来ているんでないか、アイヌが」
    「犬でないわイ」
    「犬でないか、コタンなんか」
    「違うわイ」
    「犬みたいに、豚の臓物や、馬の骨を拾って食うんでないか──」
    「そんなもん、食わんわ」
    「食うぞこの!うちの父さんたち、そう言っているぞ」
    「そんなこと、嘘だい」
    「うわっ、赧くなった、赧くなった」
    「臭い、臭い」
    「イヌ、イヌ!」
     と、みんなは、口々に言い出した。
     為男は、「こんにゃろ」と、鞄を振り回した。
     猛たちは、ウンタンコ、ヤーイ、ヤーイ、と逃げ回っていたが、為男を残して、学校のほうへ走り去った。

     為男は、べったり国道の上に坐り込んでしまった。
    学校へ行くのが厭になって、ぼんやりと、向こうから杖を衝いて来るアヌテヤを見やっていた。

     アヌテヤは、入墨をしている口元を隠すように、黒い布を頬冠りにしている。黒っぽい着物を細帯一本で着ながしにし、ゴム長靴の履き古した物を、足首のあたりから切って履いていた。それをひきずるようにして、だんだん為男のほうへ近づいて来た。そのアヌテヤは、盲なのであった。
     アヌテヤは、よく知り合いの家に遊びに行くがそのとき、為男たちは出合うのであった。すると、皆は──アヌテヤと、威かした。イム (アイヌ女性に多い特殊な心理) をするのを、知っているからであった。威かされると、アヌテヤは、「アツ、トン・トン・トン」と、イムをした。「コラッ!」と威かすと、「コラ、コラ、コラ」と、口真似のようにくりかえした。皆は、それが面白くてからかうのであった。
    「ナシテ、ソジナコトシテ、オラパチョシンタ──」
     と、アヌテヤは、おろおろして言う。
     ある日に、誰だったかが、そのうしろへそーっと廻って、
    「わっ!」と、威かした。
     アヌテヤは、イムをしながら、国道の傍の田圃の中にひっくりかえってしまった。
     そんなことがあってから、アヌテヤは、懐に小石を入れて歩くようになった。誰かが、そんなイタズラをしたら、それをぶつけるのであった。が、皆は、遠くから、アヌテヤ!アヌテヤ!と、小馬鹿にした。

     為男は、アヌテヤを見ているうちに、猛たちが言ったア・イヌという言葉を、思い出した。そして、つぶやくようにも、くりかえしてみた。が、その意味がわからなかった。
     アヌテヤは、口元と、甲から腕にかけて、“シヌエ” (入墨) をしている。為男の祖母もそうだった。猛たちは、そのことを言うのかな‥‥‥と、為男は思った。が、祖母の顔を、うろ覚えに覚えたころから、入墨をしていた。

     為男は、以前にプクサ (きとびろ) を食べてから学校へ行った。すると、皆が──アイヌ葱、臭い臭い──と言った。
    為男は、それからぜったいに、プクサを食べなくなった。母親は「風邪よけの薬にもなるのに、なして食べないのよ──」と、言う。が、どんなに怒られても、為男は箸をつけなかった。それなのに、なして皆は、アイヌ!アイヌ!、臭い、臭──て、言うんだべ‥‥‥と、為男は、不思議でならなかった。

     そんなことを考えているうちに、為男は本当に学校へ行く気がしなくなった。
    が、母親のいつもの言葉を思い出した。学校へ行きたくないと言うと、「かあちゃんは、学校さも行かないから、じ(文字)も読めなくて、恥じかしい思いしているのに、なしてそんなこと言うんだ。おまいばかりも、学校さじーっとやるか、と思っているのに‥‥‥」と、多美は激しく怒った。
     為男は、その母親の顔を思い浮かべると、坐ってもいられなくなった。──家へ戻ると、かあちゃんに怒られるし、かと言って、学校へも行きたくない‥‥‥さて、と、為男は一瞬まよった。
    が、目の前を通り過ぎようとしているアヌテヤを見ると、ふっと、いたずらっ気が起こってきた。

     アヌテヤを威してやれと思い、為男は、ぽんと跳ね上がって、「わっ!」と、声を出した。
    「アツ、パパパ‥‥‥」
     と、アヌテヤは、イムしながら、立ち上がった。
     その恰好が、あまりにも可笑(おか)しいので、為男は、思わずクスクス笑ってしまった。
    「ダレダ?‥‥‥」
     アヌテヤは、目が見えないくせに、あたりを見回すようにした。
     為男は、笑いを殺して声を出さなかった。
    「メンコイカラ、ソンナコトシルナヨ」
     と、アヌテヤは言った。
     アヌテヤ、盲で可哀想だな‥‥‥と、為男は思った。が、イムするサタモ婆に、蛇!と言うと、面白い恰好をしたのを思い出した。
    「蛇!」
     と、いきなり為男は言った。
    「アチ、アチ・アチイ──」
     と、悲鳴に近い声をあげて、アヌテヤは、足をばたつかせながら、杖で国道の上を叩き出した。
     それはまるで、そこに蛇がいて、叩き殺すような恰好であった。為男は我慢していられなくなり
    「ア、ハハハ‥‥」と、笑ってしまった。
    「ウエンヘカチ (悪童奴!) ──」
     と、アヌテヤは、懐から小石を出して投げつけてきた。為男はひょんと体を(かわ)した。が、もうアヌテヤのことなど念頭から消えていた。そのまま、学校を目指して走り出したからであった。

      鳩沢佐美夫 (1935-1971)


    引用文献
    • 鳩沢佐美夫 (1964) :「遠い足音」
      • 『山音』, 第38号, 1964.
      • 転載
        • 『コタンに死す──鳩沢佐美夫作品集』, 新人物往来社, 1973.
        • 『沙流川──鳩沢佐美夫遺稿』, 草風館, 1995. pp.45-151