Up 「アイヌ料理」: 要旨 作成: 2019-01-28
更新: 2019-01-29


    観光客は,料理を目当ての一つにしている。
    事業者は,料理を重要な戦略に位置づける。

    「アイヌ観光」も,これである。
    事業者は,「おいしいアイヌ料理」を開発する。


    「おいしい」を実現するものは,具材と味付けである。
    今日,具材は店に豊富に並んでいる。
    いろいろな具材が手に入り,そして流通や栽培法の進歩で,遠方のもの,時期外れのものも手に入る。
    味付けは,塩・醤油をはじめとして,各種調味料で行う。
    これも,店に豊富に並んでいる。

    アイヌは,基本的に,自給自足生活者である。
    食事は,自給のものを食べる。

    調理法は,<鍋で煮込む>である。
    具材はあり合わせのもの (直近にとれたもの,ないし保存食) であり,味付けは無い。
    煮込んで出てくる味が,味のすべてである。
    容易に想像できるように,これは現代人の口にはおいしくない。


    鍋で煮込むのは,これが漁猟採集生活者にとっての合理的な調理法になるからである。
    現代人はコンクリートの上に生活しているのでわからないが,自然は吸虫・条虫・線虫の類の経口摂取によって感染する寄生虫でいっぱいであり,そしてその中には,感染症が重篤な,危険なものもいる。
    そこで,食べ物には火をいれることが必須になる。

     註: アイヌの調理法の合理性は,進化論の謂う「自然選択」で説明される。
    寄生虫感染症の知識を持っていたのでこの調理法になった,というのではない。

    つぎは,象皮病 (糸状虫感染症) に罹ったアイヌを記述したものである:
      Landor (1893), pp.143,144
    Shari Mombets is a miserable place.
    In the house where I put up I was received by a young man, but the owner of the house did not show himself.
    The next morning, however, as I gave much more money than they expected, the landlord was brought to my room to thank me.
    The poor man suffered from elephantiasis─the wretched disease by which the head and all the limbs of the body assume gigantic proportions.
    His head was swollen to more than twice its normal size, and had lost its shape; his body was piteously deformed and inflated, his eyes nearly buried in flesh.
    The weight of his head was such that the cervical vertebrae were scarcely strong enough to support it erect; and when he bowed down in Japanese fashion to thank me and bid me good-bye, I had to run to his help, for he could not get up again.
    Poor man!
    And when we reflect that in more civilised countries many people think themselves very ill and suffering when they have a pimple on their nose, or a cold in their head!



    アイヌ料理はおいしくない。
    「おいしいアイヌ料理」は,アイヌ料理の別モノ化である。

    ひとが「おいしいアイヌ料理」に疑問を持たないのは,アイヌの生活に思いが至らないためである。
    併せて,自分のいまの生活様式を相対化できないためである。

     註: 自然食がおいしいというのは,ウソである。
    おししい野菜・果物は,人間が改良したものである。
    刺身も,醤油・わさびなしにそのまま食べたらおいしいか。


    以下,文献の中から,アイヌの食べ物・料理味について述べている箇所を引く:

      松浦武四郎 (1858), p.628
    余はクツタラより山越なしてヌツケへツえ出たり。
    此川惣て魚類少し。
    (あめ)・チライ・桃花魚(うぐい)雑喉(ざこ)は有。
    鮭は甚まれなり。
    依て老婆、女の子等は畑作を以て生活す。
    粟・稗・大根・蕪・呱吧芋・隠元・てなし小豆・大豆また芥子を作りしを見たり。
    南瓜・胡瓜は頗るよく出来ぬと語りたり。
    また山草原にして蕎麦葉貝母(うばゆり)わけで多し。
    此地の(なかば)喰料にも(あて)るよし也。

      Siebold (1881), p.85
     アイヌは、一種のスープを主食としており、鹿や熊やほかの野獣の干した肉か、もしくは、その新鮮な肉をいろいろな野菜や根菜といっしょに茹でて、スープを作るのである。
    このスープは、一日二回、すなわち朝と晩に食べる。
    川か海の岸に住んでいるアイヌは、干した魚も新鮮な魚も喜んで食べるし、それに必ずたくさんの酒も飲む。
    和人を通じて入手する米は、アイヌの食べ物の中では、きわめて副次的な役割しか演じない。 彼らは稗のほうが好きであり、いくつかの種類を自分で作っている。
    貝やカニからも料理を作るが、調理法のせいで、食欲をそそるものではない
    お茶は、和人によって初めてもたらされた。
    ‥‥‥
    日本の芋もヨーロッパの芋も、蝦夷で豊かに実り、アイヌには人気がある。
    揚げ物には、鰯の一種の油、または鹿や熊の脂も使われる。

      Batchelor (1901), pp.182-186
     アイヌの食べ物は、どんな場合にもヨーロッパ人が好むものでないが、ちゃんと調理されれば、危急(ピンチ)の場合には歓迎されなくはない。
    たとえば新鮮なサケ、タラ、シカの肉、クマの肉、豆、アワ、ジャガイモ、エンドウ豆は、正しい仕方で料理されると、それ自体はすべておいしい。
    しかしアイヌは料理の仕方を知らない。
    彼らは、よく乾燥してない魚で強い味つけをしたシチューが大好きだ。
    ほとんどあらゆる種類の食べ物はシチュー鍋に投げ込まれ、少なくともわれわれの味覚によると、そこで完全に台なしにされる
     しかし彼らの食べ物は必ずしもこのような仕方で料理されるのではない。 というのは、魚はときどき火のまえであぶられ、ジャガイモは炉の灰のなかで焼かれるからである。 空腹な人には、このような物は、おいしく楽しい食事になり得る。
    彼らは、サケ、マス、若いサメ、メカジキ、クジラが非常に好きだ。
    また肉については、クマの脂肪と骨髄、シカの腰の肉、ウマか去勢した牡ウシの内臓を含むあらゆる部分が好きである。
    海草、いろいろなハーブ、ある種のユリの根、多くの水草、ギョウジヤニンニク、およびエゾネギが、野菜として用いられる。
    他方、ライチョウ、野生のガチョウおよびアヒルは、猟の獲物である。
     カタクリの根を掘り、だんごにして、食べ物として用いることは、さきの章で述べた。
    同じことは、アイヌがトゥレプ turep とよぶオオウパユリにもいえる。
    というのは、人々はこの植物の球根を食品として広く使うからである。
    彼らはそれをつぎのように調理する。
    球根をよく洗ってから、それを臼のなかで生の状態で砕く。
    粉末、あるいはより微細な部分──それはイルプ irup [かす、粉] とよばれる──は、より粗い部分から分離され、天火で乾燥される。
    食べるときには、これは一般に粥状にされて、粟か米とともに煮る。
    より粗い部分──それはしばしばシラリ shirari とよばれる──は、すぐに煮、それから再び砕き、桶に入れて、分解させる。 徹底的に発酵したとき、それを再び煮、砕く。 その後、それを真中に穴のある大きなだんご──それはオントゥレプ onturep、あるいはトゥレプ・アカム turep-akam [アカム=円盤、あるいはリング] とよばれる──にし、ぶらさげて乾燥する。
    食料として必要なとき、アイヌはそれを粟の鍋に投げ入れて、それらを煮る。‥‥‥
     アイヌがノヤとよぶヨモギの茎と葉は、早春にそれが非常に若いときに、食料としても用いる。 それらは摘み取られ、まず煮てから、つぎに木の臼でよく搗き、最後にだんごにし、将来使うために乾燥させる。
    しかし最初に粟か米と一緒に搗いてから、かなりの量を直ちに食べる。‥‥‥
    その年のもっと後で、この植物が古くなると、(茎なしで) 葉だけを摘み、その葉を将来使うために乾燥させる。
     栗もまたアイヌの間では、重要な食料である。 彼らはそれをいろいろな方法で調理する。
    そのなかでお気に入りの方法は、それをよく煮、それから皮をむき、それを砕いて、ねり粉にすることである。 その後、それを粟か米と一緒にもう一度煮て食べる。
     砕いた栗をサケかマスの卵と混ぜ、それらを一緒に煮るのが、非常に美味だと考えられている。 もう一つの方法は、栗を動物の脂肪とマッシユ(ドロドロ) にすることである。
    ときどき栗を焼いて食べるが、その場合には食事としてではない。 栗のこの調理法は、なにか他のものよりは、楽しい気晴らしとみられている。

      高倉新一郎 (1974 ), p.42
    アイヌは漁猟を主とし、
    南部の比較的暖かい地方、石狩から日高地方にかけては、きわめて粗放な農業を営んでいて、
    手に入るものを食べていた。
    それでも、主なものは
      春に産卵のために大群をなして海岸に寄せてくるにしん、
      夏に川をさかのぼってくるます類、
      秋に産卵のために川をさかのぼる鮭、
      冬の猟の対象である鹿
    などであり、それに
      とど・あぎらしなどの海獣
    が加えられていた。
    食事の回数も一定せず、
    料理法も肉・野菜・穀物などを混ぜて煮たものが普通であった。
    特徴といえばこれに油を加えたことで、油は多くくじら・あざらし・まんぼうなどからとり、皮袋に入れてたくわえてあった。



    引用文献
    • Landor, A. H. Savage, (1893) : Alone with the hairy Ainu : or, 3800 miles on a pack saddle in Yezo and a cruise to the Kurile islands. London : John Murray. 1893.
    • 松浦武四郎 (1858) :『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌』「戊午第三十八巻 東部 茂無辺都誌 全」
      • 高倉新一郎[校訂], 秋葉実[解読]『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中巻』, 北海道出版企画センター, 1985, pp.609-634.
    • Siebold (1881) : 原田信男他[訳注]『小シーボルト蝦夷見聞記』(東洋文庫597), 平凡社, 1996
    • Batchelor, John (1901) : The Ainu and Their Folk-Lore.
      • 安田一郎訳, 『アイヌの伝承と民俗』, 青土社, 1995
    • 高倉新一郎 (1974 ) : 『日本の民俗 1北海道』, 第一法規出版社, 1974