Up 商品経済の当たり前 : 要旨 作成: 2019-01-29
更新: 2019-01-29


    サルのモンベツ河口には,サル会所元があった ( サル・モンベツ)。
    つぎは,松浦武四郎が記した門別川筋アイヌの出稼ぎ状況である:
      松浦武四郎 (1858), p.611
    橋の東より右の方 [東岸] まゝ山根に添ふて六七丁にて
      リイメンタナイ
    夷人家五六軒有。
    是ハイ、アツへツ、サル辺より雇に下りしものゝ小屋也。
    前に少しヅゝ畑を作りぬ。

      同上, p.614
      ホンユクチセナイ
    小川なり。
    此辺谷地木立原。
    其名義は鹿の巣なる故此名有りと。
    イトシナイより此処まで山越道凡七八丁も有り。
    余は此を越来りぬ。
    人家此処に二軒有。
    家主クメ 五十四才 の家え立よりて休らふ。
    妻ヒハサン 四十五才 、合宿ホラホロ 五十才 等家内三人暮し、其ホラホロは未だ雇に下られ居るとかや。
    また其隣家主婆ヌエアン 四十三才、娘、シユチタク 十四才、妹サンマトク 十一才、弟コタンシユ 七才、末女ホンタモ 三才 等家内五人にて暮したり。
    娘は早雇に当年は下られ居るとかや。

      同上, p.615
      クヲナイ
    ‥‥‥ 過て三四丁行人家一軒有。
    家主子ンタ 六十二才、妻ウサンケシ 五十一才、倅アシリケマ 弐十四才、妹トノトツカ 十四才 等家内四人にて暮しげるが、其倅も娘も雇に下られ、家には老人両人残り居る計りなり。
    此家此間までは川端しに有りしが、洪水にて流れ此処え此間形計を作りしとて新に立たり。

扇谷・島田 (1988), p.79


      同上, pp.617,618
      モベツ村
    本川端にしてモンベツ村の詰りし語也。
    其人家の東には山有。
    其えユクチセより凡二里計にして越来りし也。
    此処十二軒有。
    当所乙名クン子 六十二才 家にて休む。
    ‥‥‥ と家内五人にて暮し、
    其内倅は雇に下りたり。
    また其隣 ‥‥‥ 等家内六人にて暮し、
    其内倅夫婦は雇に下りたり。
    また其隣 ‥‥‥ 等家内両人にて暮し、
    また其隣 ‥‥‥ 等家内四人にて暮しけるが、家には此婆一人を残し、
    其娘は番人の妾となりて運上屋に居る也。
    また其隣 ‥‥‥ 等家内八人にて暮し、
    また其隣 ‥‥‥ 等家内五人にて暮しぬ。
    其家主は雇に下られたり。
    また其隣 ‥‥‥ 等家内八人にて暮し、
    其内聟夫婦は雇に下られて不居よし。
    また其隣 ‥‥‥ 等家内五人にて暮し、
    其内倅と聟と両人雇に下られ居たり。
    また其隣 ‥‥‥ 等家内四人にて暮し、
    其内倅夫婦は雇に下られたり。
    また其隣 ‥‥‥ 等家内六人にて暮し、
    其内聟に娘・妹・合宿人と四人雇に下らLたり。
    また其隣 ‥‥‥ 等家内二人にて暮し、
    また其隣 ‥‥‥ 等家内孤にして住したりとかや。
    右、クン子、子ンタ両人より聞取り、‥‥‥

      同上, pp.623-625
      クツタラ
     ‥‥‥
    此処に人家六軒有。
    此六軒のものは百年前迄サル川すじなるニナツミフに有しが、此方え便利の為に引越し来りし也。 依て此村名をば
      ニナツミフ村
    と云り。
    是モンへツ村よりまた別になりて有り。
    (まず)当所乙名シユクツコリ 四十七才 家えより止宿す。
    ‥‥‥ 等家内十人にて暮しけるに、
    其内倅に二男三男と三人程雇に下られ居たり。
    また其隣 ‥‥‥ 等家内二人にて居たるが、
    其家主は雇に下られたり。
    また其隣 ‥‥‥ 等家内六人にて暮したりと。
    其内家主と倅は雇に下られぬ。
    また其隣 ‥‥‥ 等家内三人にて暮しけるが、
    其イナヲランは雇に下り居て、今度我が供に来りしが、未だ妻をももたず。
    其隣 ‥‥‥ 等家内三人にて暮し、
    其倅は雇に下られ有也。
    また其隣 家主イタキタク 四十九才
    此者独者なるが浜え下られ、家も腐朽したり。

つぎの地図 (松浦武四郎 (1859) から引用) の二つの赤丸で,
下がモベツ村,上がニナツミフ村のおよその位置


    ひとはこの状況を,「アイヌ残酷物語」のように読む。
    しかし,「被雇用・過労働・搾取」「家族崩壊」「村落崩壊」は,商品経済の当たり前である。

    単身で遠隔地にとばされる者は,ざらである。
    アイヌに過労死・自殺の話が伝わっていないから,いまのブラック企業と比べたら運上屋の方がましだったのだろうとも察っせられる。
    家族形態崩壊も,いまはずっと進んでいる。
    異世代同居は,子どもが独立するまでのことである。 ──カラスの家族は子どもが巣立つまでだが,これと同じになってきている。
    村落崩壊は,「限界集落」のことばが表している通りである。
    働き手世代は,職が得られる都会に出て行く。
    田舎の不便を嫌って都会に移る者もいる。

    よくよく思念すべし:
      《狩猟ベースの自給自足生活は,アイヌにも簡単なことではない》
    ハードで不安定である。
    よって,運上屋から人手募集を示されたら,こっちを選ぶことになるのである。


    引用文献
    • 松浦武四郎 (1858) :『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌』「戊午第三十八巻 東部 茂無辺都誌 全」
      • 高倉新一郎[校訂], 秋葉実[解読]『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中巻』, 北海道出版企画センター, 1985, pp.609-634.
    • 松浦武四郎 (1859) :『東西蝦夷山川地理取調図』
    • 扇谷昌康, 島田健一 (1988) :『沙流郡のアイヌ語地名I』,北海道出版企画センター, 1988