Up 色情 作成: 2017-03-05
更新: 2018-12-19


      滕知文 (1801), p.90
    或時茂左衛門会所に独り閑然たる折からメノコ一人来り居りしが、いつしか寝臥したりしかば、茂左衛門叱ていう、汝我前をはばからず、まさしく陰門を出せしは不敬にあらずやという。
    メノコこれを聞き、喪胆して起きあがり、問ていうよう。然らば見られたるや、という。
    茂左衛門答て如何にも見たりという。
    さらば償を賜るべしという(此国の法とて男子女子の陰門を見れば、償を出すことなりという)。
    茂左衛門聞て、汝が申す条もっとものことなれば、償を出すべし。さりながら、我は公命によりて郷里の妻子を捨て肝胆をくだし此処に来るものは、畢竟我等救命の故あり。然るに汝等我に陰門を見せ、すこしく淫心の気を生ぜしめしはこれ汝が罪なり。この償は汝が方より出すべしといえば、メノコ笑って去りしという。


      最上徳内 (1801), pp.62-64
    天明丙午年(六年、西暦一七八六) の秋、権命に因り東蝦夷ニシベツという大河に到り、鮭の塩引を仕込みたる時に、
    松前の者にて三右衛門、箱館在大野村の者にて巳之助、此両人へ命じ猟場の支度、網納屋、魚納屋等も補理出来せし其祝儀の意にて、
    其夜通詞二人へ酒を振舞、予も倶に()みて、暫時の間たのしみたり。
    時に三右衛門に蝦夷浄瑠璃をかたらせ座興を持せけるが、いつの間にか女夷二人(ひそか)に忍び来り立聞し居たり。
    三右衛門是を見つけ、(たわむれ)
       松前人のかたる浄瑠璃も蝦夷人の耳に聞えてわかるか
    と問えば、彼女夷答えけるは、
       面白さに立寄り聞居たり
    といえり。
    又三右衛門いうは、
       江戸の侍、最上徳内と通詞巳之助と某と都合三人、此小屋に居たり。
    依て女夷二人にては聞人一人不足也、
    是より猶面白き浄瑠璃をかたるなれば 聞人の女夷、今一人呼ぴに()るべし
    といいければ、二人の女夷合点して友を誘に立ち帰りける。
    然るに時刻移れ共 二人の女夷も来らず。
    依て三右衛門心附き、かてん(合点)なり(とて) 彼女夷の夫を呼びに遣しければ、直に夫の男夷来りたり。
    三右衛門いいけるは、
       其方の女房と外に女房二人、都合三人酒の酌取に越すべし、
    (もっとも)其方は帰りて又来るに及ばず
    といえば、此男夷こたえけるは、
       今晩はメノコシども何かたへ遊び行たるか、一人も宅に居合せず
    と答う。
    三右衛門聞、きてむ [機転] の返答とは思えども、(わざ)と立服の体を見せいいけるは、
       此方(このかた)は蝦夷の土人等養育教導し、不法不埒の者は挫き等の役目を松前表御奉行所の命を蒙り、殊に重き誓詞のヶ条ありて、一事たりとも背き犯す時は御奉行所より咎めある事なれば、(みだ)りヶ間敷儀はいうも更なり、
    然るに其方共の婦女どもを此小屋に忍ばせて其方等は小屋の外に忍ぴ、立ち聞し居たるなるべし。
    斯不敬なる儀は何事ぞや。
    此方どもを密夫にいいなし、此非分をいいかけ、ツクナイを取ん為めの謀計か、又は此方共の心底を引見ん好計か、不将なる振舞なり
    と理を詰れば、此巧言に泥んて流石の夷人も返す言葉なく、大に困り、いえるは、
       女房ども此御小屋に居るとは夢にも知らず、
    此辺に用事ありて通りかかれば浄瑠塙の声聞えし故、何心となく立聞せしに、女夷共居りたり といえり。
    三右衛門も深く咎むべき故なければ、
       女房どもは不将なる者どもなり、
    (ばかり)居たる処へ忍び込み、酒犯の戯遊を聞透し、興を妨げしは麁 [粗] 忽にあらずや、以後は気をつくべし、
    若此末ヶ様の事ありても松前人の越度には無く蝦夷人非分なり。
    メノコシどもへもいいわたし置べし
    と教戒して帰しけり。
    其後三右衛門予にいいしは、
       蝦夷土地は(すべ)て日本人の非分を見出し難題をいいかけ、(ひら)き無きにいたればツクナイを出すべしと(せま)る事なり。
    依て斯く理を尽せしなり。
    甚悪き風俗なれども時勢なれば是非の論なし。
    償仕懸の知謀は日本人の及ばきる所なり。
    奸侫(かんねい)にして巧言のみいうは此償より生ず。



    引用文献
    • 滕知文 (1801) :『東夷周覧』
      • 知里真志保・河野広道 (1952) :「性に関するアイヌの習俗」
        • 知里真志保『和人は舟を食う』, 北海道出版企画センター, 2000, pp.87-98
    • 最上徳内 (1790) :『蝦夷草紙』
      • 吉田常吉編『蝦夷草紙』時事通信社 (時事新書), 1965