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津軽藩 (1731)
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去年シャクシャイン方より申越候は、‥‥
松前殿御仕方も惣て悪敷御座候。
米弐斗入の俵も、唯今は七、八升計宛ずつ入、大分の押売[買]被レ成候。
其上、俵物にあたり、串貝の一束もたり不レ申候へは、来年は二十束にてとられ、出し兼申狄は子供しち[質] にとられ申候。
諸事の仕形左様に御座候て、狄共難義に及申候。
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近年は米七、八升入にて前々のことく此方のうりもの御取替被レ成、
其上、万の商おしかい無理悲道に計被レ成、
殊に松前え我等事参候事もかたく御法度に被ニ仰付一候得は、
皆々狄共餲申候に付、
とてもケ様の被レ成方にては行さきつゞき申間敷と、
何も野心に存、是は蔵人仕置にてケ様に罷成申候。
余り迷惑に存、與市の大将チクラケ七十にあまり候得共、御訴訟のため又当御代御目見仕度存候て松前え参候得は、
御法度の所え参候とて、
首を切、髭を切とて、色々御せめに逢、
漸々命たすかり罷帰、
其折節面目なく存、蝦夷促し軍仕筈に御座候へとも、
仲間より異見申候に付、堪忍仕罷有候。
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去年拙者共殺申候子細は、
前々志摩守様御代には米弐斗入の大俵にて、干鮭五束宛御取替被レ成候、
近年蔵人仕置に罷成、米七、八升入にて干鮭五束宛御取替被レ成候得共、狄共之義御座候得は、不レ及二是悲一其通に差上中候、
‥‥
近年〔は蝦夷〕あち[鮭]商に松前より御越候て、
拙者共取候川にて大網おろし、
鮭すきと御取、
上方え商に御越被レ成候に付、
左様に被レ成侯ては蝦夷共取申鮭無二御座一候て、 餓死申候間、拙者共に取せ御買被レ下度由、色々御訴訟申上候得共、
松前の知行所にて候間、取申に我儘申とて御打たゝき、
其上にても少も拙者共取申侯鮭、やすく御買被レ成候得は、
何共迷惑仕候。
ヶ様の事に付て蝦夷共一揆を発申候。
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引用文献
- 津軽藩 (1731) :『津軽一統志』「巻第十」, 1731
- 北海道(編)『新北海道史 第7巻 史料1』, 北海道, 1969. pp.83-200.
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