Up 白黒をつける・懲罰 作成: 2018-11-16
更新: 2019-11-07


    (1) 賠償 (「ツクノイ」)
       村上島之允 (1809), p.631
    ツクノイといへるは、とりもなをさず償ふの義にて、前に記せるが如く、罪を犯したる事あれば其あやまりの證として寶器を出さしめ、其罪を償はするなり。


    (2) 棍棒の打ち合いで白黒をつける (「ウカル」)
       村上島之允 (1800), p.45
    扨、宝を出さすして、ウカリせんと云時、双方親族あつまり、先罪を犯したる者を槌にて三度打、次に相手の者も打、たかひに打れて安全なれ、ツクノヒに及す。
    其強弱によりて只一打にて轉死する者あり。
    又、半死の病者となるもあり。
    浮身練達の者幾度打るゝとも安然たり。
    此故に平生稽古怠慢なく勤る也。

       村上島之允 (1809), 「八 (ウカルの部)」


    (3) 弁舌で白黒をつける (「チャランケ」)
      久保寺逸彦 (1956), pp.7,8
    「談判 (Charanke) の詞」なども、おのおの部落 kotan を代表する雄弁をもって鳴る者が、相対して、落ち着き払って、さながら謡曲を謡い、浪曲でも語るように、太く重々しい声調で吟詠して、一句一句、婉曲に、相手の非を責めていくものである。
    しかも驚くべきことには、徹頭徹尾、神話や故事の知識を背景として、美辞と麗句の応酬が幾時間も、あるいは夜を徹しても、時としては数日にわたっても続けられていくことである。
    かくして、ついに理屈につまるか、あるいは気力の上で相手から圧倒されてしまうか、体力的に疲労しつくした方が敗けとなり、勝った相手の要求するだけの賠償 ashimpe を取られて(けり)がつくので、いわば、一種の歌の掛け合いとも見られるものである。 ‥‥‥

    [狩猟域 iwor のことで談判する中の一節]
      Shine metot
    e-we-turashp
    a-usamomare
    a-kor pet ne yakun
    shine hapo
    uren toto
    e-shukup utar
    korachi anpe
    a-ne wa shir-an.
      同じき水源の山へ
    川伝ひに溯り行き
    相並び合ふ
    我等が川なれば
    同じ慈母の
    両つの乳房
    もて育ちたふ
    さながらの
    我等にあらずや。


    (4) 刑罰
       村上島之允 (1809), p.631
    イトラスケといふは、イトは鼻をいひ、ラスケは()るをいひて、鼻を截るといふ事也。
    是は不義に女を犯したる者を刑する也。
    凡夷人の境、風俗純朴なるによりて、盗賊とふの事もすくなく、まして人を殺害する事などは稀成ゆへ、刑の用ひかたも多からず。是にいふ鼻を截るが如きは至極の重罪となす也。
    サイモンといへるは此語の解未だ詳ならず、其用ひかたは、たとへば罪を犯したる者ありて、鞠訊(きくじん)を盡すといへどもあへて其罪に伏せざる時、熱湯をまうけ、それに手を入させて其虚實を糺す也。
    古史に見へたる武内宿禰の行ひし探湯(くがだち)の法などいはんが如し。
    此刑を行ふ事、多くは女子の上に有事なり。


    引用文献
    • 村上島之允 (1800) :『蝦夷島奇観』
      • 佐々木利和, 谷沢尚一 [注記,解説]『蝦夷島奇観』, 雄峰社, 1982
    • 村上島之允 (1809) :『蝦夷生計図説』
    • 久保寺逸彦 (1956) :「アイヌ文学序説」, 東京学芸大学研究報告, 第7集別冊, 1956
      • 『アイヌの文学』(岩波新書), 岩波書店, 1977