Up 歌謡・踊り 作成: 2016-12-26
更新: 2019-11-15


    (1) 歌・踊りの日常性
      Nevsky, Nikolai, p.17
     アイヌは誰もが, 男も女も歌うのが好きである。
    彼らは草地, 畑地, 海辺での仕事を楽にするために歌い, 何か失敗したときや不幸が生じたときも歌い, 嬉しいときも感情を吐露するために歌う。
    若い男も女も一人とり残されると, すぐにちょっと気が滅入ったりふさぎ込んだりして, 彼らは歌い始める。
    彼らの歌は必ずしも言葉があるとは限らず, その大半には歌調が無い。
    それは喉の奥で発せられ, 何か両唇音を伴なう複雑な調音である。

       菅江真澄 (1789), pp.585,586
    夕暮つかた、わかき女あたま浜辺に群れて、鶴の舞てふことして鶴のかろからと鳴まねをしたるが、まことの(たつ)のむれ渡りたるにひとしく、せばきアツシの袖をひるがへして、丹頂鶴(オンネコツトコ)の翅をひらきたる姿をしつつ、トレエチカフ トレエチカフと、こゝらのメノコ声をそろへて返し返しこれを唄ひ、又羽をふためかすやうに袖をあげ戯れあそぶが、雲間もれ出る月光に浜辺まで見やられて、よくしるし。
    ほどなうくもりてやがて雨ふれど、つゆもいとふけぢめも見えず、いよゝうたひ舞にや、くらき海べにトレエチカプの声、雨の声、波の声とともにうちもをやまず、ふして尚聞えたり。


    (2) 「歌謡」の分類
      久保寺逸彦 (1956), p.40
    アイヌの歌謡と呼びうるもので、今日まで知られている範囲では、およそ次のようなものが ある。
      (1) 祭りの歌 Upopo
      (2) 子守歌 Ihumke, Iyonnotka, Iyonruika
      (3) 踊りの歌 Rimse-shinotcha
      (4) 酒謡 Sake-hau
      (5) シノッチャ Shinotcha, 抒情歌謡の一
      (6) 哀傷歌 Iyohaiochish, Iyohaichish
      (7) 恋慕歌 Yaikatekar
      (8) ヤイシャマネ Yaishamane, Yaishamanena, 抒情歌謡の一
      (9) 木遣り歌
      (10) 舟歌 Chip-o-hau, Chip-ta hayashi
      (11) 巫女の託宣歌 Tusu-shinotcha
      (12) 神謡 Kamui- yukar
      (13) 聖伝 Oina
      (14) 英雄詞曲 Yukar, Sakorpe, Hau, Yaierap, Hauki
      (15) 婦女詞曲 Mat-yukar, Menoko-yukar
    等である。


    (3) 酒謡 Sake-hau
      久保寺逸彦 (1956), pp.58,59
    Sake-hau は原義「酒の声」。
    これをまた Chikup-hau「酒の声」、Iku-hau「酒宴の声」、Tonoto- shinotcha「酒の歌」ともいうが、男子が踏舞 tapkar する際に発する、特有な調子を帯びた捻り声ともいうべきものである。‥‥‥
    酒謡は、祭祀の折り、酒宴もようやく歓たけなわな頃、長老たちが、頭には礼冠 sapaunpe (柳の削り掛けを()って作る) を戴き、太刀を佩いた姿で、こもごも起き上がり、両手を左右に伸ばし、掌を上向けにし、肘は少し曲げ、それを静かに上下しつつ、両脚を開いて、床の上を一歩一歩力強く踏みつけて、斜め横の方へ五、六歩行っては引き返して、また同一の動作を繰り返して踏舞する時に発する声なのである。‥‥‥
    男子が踏舞する際、時としては、その背後に、一人あるいは二人の婦人が起ち、手を拍って踊り跳ねながら、これに調子を合わせて、ときどき「auchō」とか「auho」「auhoi」などいう叫び声を挙げて、酒謡に和する。
    婦人が男子の踏舞を助けてともに踏舞することを、i-e-tapkar (それに連れて踏舞する)、u-e-tapkar (相連れて踏舞する) という。
    酒謡は普通、単なる無意味の音群の発声である。
    中には、歌詞を交じえるものもある ‥‥‥

      松浦武四郎 (1859)


    (4) 楽器
      菅江真澄 (1791), pp.560,561 (図 : p.565)
    ひきものゝ音のやうに近う聞えたるは、なにの音にやとかたぶき聞けど、さらにそれとわいだめなう。
    こは、いかなる音なひかといへば、あるじ、シャモは口琵琶といひ、アヰノは是をムクンリといひて、五六寸(いつきむき)ばかり網鍼(あばり)のごとく、竹にて作りたるものなり。
    其竹の中を透したる中竹(した)のはしに糸を付て、(メノコ)ども(バル)にふくみて、左の手に端を持て、右の手してその糸を曳く。
    (バル)の内には何事かいふといへり。
    ()に出てこれを見れば、女子(メノコ)ども磯に立むれ、月にうかれて、こゝかしこに吹すさむ声の、おもしろさいはんかたなし。
    この声のうちに、をのがいはまほしき事をいへば、こと人は、そのいらへをも吹つ。
    又人しらずひめかくす事などを、この含箑(ムクンリ)に互に吹通はすとなん。
    更るほど、いと多く浪の声とともにしらべあひて、どよみ聞えたり。
     ‥‥
    ふしぬれどムクンリの音、をやみなう聞えぬ。

      串原正峯 (1793), p.504
    ヘカチ 子ともの事をいふ 又はメノコ 女の事をいふ の戯れにムツクンを鳴らす。 ムツクンの圖、後に出す
    此ムツクンを吹鳴すにはモンケンウンといふ糸を左りの手の小指にかけ、下のト゚シといふ糸を右の手の人差指と親指の間に挟、糸を引張て〇印の所を口の邊りに寄、息を吹かけ、糸を左右へ引張たりゆるめたりしてならすに、面白き音色出るなり。


      松浦武四郎 (1857-1860), p.740
    北蝦夷地なるヲタサンといへる里はシラヌシといへるソウヤ渡し湯より、百餘里を過て奥の方東に傍ふ海岸にして、目に支るものなく、東の大洋まで眺め果へき處なりけるが、‥‥
     ‥‥
    是はトンクルといへるものにて有りけるが、昔しより此の島に傳はりて其調もさまざま有けるが、追々運上屋の漁事に投ぜらるゝことの繁しくなりしかは、其琴等を弾き弄ぶ者も追々絶えしかば、其調べもいつとなく絶えしが、唯此東浦すじに今残るは此の老人のみなり。

      村上島之允 (1800)



    引用文献
    • 菅江真澄 (1791) :『蝦夷迺天布利』
    • 串原正峯 (1793) :『夷諺俗話』
      • 高倉新一郎編『日本庶民生活史料集成 第4巻 探検・紀行・地誌 北辺篇』, 三一書房, 1969. pp.485-520.
    • 村上島之允 (1800) :『蝦夷島奇観』
    • 松浦武四郎 (1857-1860) :『近世蝦夷人物誌』
      • 高倉新一郎編『日本庶民生活史料集成 第4巻 探検・紀行・地誌 北辺篇』, 三一書房, 1969. pp.731-813
    • 松浦武四郎 (1859) :『蝦夷漫画』
    • Nevsky, Nikolai
      • エリ・グロムコフスカヤ[編], 魚井一由[訳]『アイヌ・フォークロア』, 北海道出版企画センター, 1991.
    • 久保寺逸彦 (1956) :「アイヌ文学序説」, 東京学芸大学研究報告, 第7集別冊, 1956
      • 『アイヌの文学』(岩波新書), 岩波書店, 1977