アイヌの行う祭祀のうちに,祖霊祭祀がある。
これは,先祖供養ではない。
そもそもアイヌにとって,亡者は供養するものではない。
"アイヌ" がさかんにキャンペーンしている「遺骨供養」は,アイヌとは無縁のものである。
(1) 祖霊祭祀の概要
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久保寺逸彦 (1952)
p.43
祖霊祭祀はアイヌ語で (1) nurappa (2) shinurappa (3) shinnurappa (4) icharpa と呼称して、全く同意義に用いている。
p.44
アイヌの祖霊祭祀 [は] ‥‥ 単独の宗教儀礼としても行われるが、多くの場合、他の多くの祭祀 kamui-nomi の中に含められるというよりも寧ろその一部として必ず行われるものである ‥‥‥
アイヌの宗教に於いては、祖霊も亦神であって何等区別がない。
従ってその祭が他の神々の祭と同時に行われるのが当然であろう。
pp.44,45
祖霊祭祀はいつと限らず、随時行われるものである ‥‥
祖霊祭祀 nurappa が随時行われた理由は、稗 piyapa を以て酒を醸した時は何時でも行い得たからである。
先に叙べた様に、稗酒を沢山醸して春・秋・冬の三季に定期的に盛大に行ったものが、大祖霊祭 shinurappa であるが、その中でも最も盛大に行われたものが 1〜3月にかけて行われるものであった。
何故かとなれば、冬季は
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酒を醸してもその醗酵状態が理想的で、従って冬酒 mata-sake は最も美味とされ、
又一方比較的に閑散無聊の冬籠りの時であり、
予ねて村々の家々で慈育していた仔熊 peurep、梟 kotankor-kamui、狢 moyuk、狐 chironnup、鷲 kapachir 等の鳥獣を送る祭りが行われる楽しい時節
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であったからでもある。‥‥‥
祖霊祭祀の当日には親戚・村人・遠近の村人等が招かれるが、その範囲は用意した酒の量の多寡にもよるので、冬季1〜3月頃までの間に各戸で催されるものは、shi-iku (大宴) といって、招待したりされたりして連日の様に盛大に行われたものだった。
p.48
凡そ、祖霊祭祀の行事は、それが単独で行われる場合でも、或は他の大きな祭祀の中の一部として行われる場合でも、これを二大別して考えられる。
(A) 神々の祭祀と
(B) 戸外の東手 (沙流川筋の村では) なる祭壇 nusa-san の数歩手前の祖霊幣所 shinurappa-ushi で行われる祭祀である。
(A) は如何なる祭祀の場合でも、ほぼ同ーの神に、同ーの形式を以て営まれるもので、禱詞 inonno-itak の内容が異なる位のものである。
(B) は祖霊祭祀の儀礼の中で、最も中心をなす重要な意義を持つ部分である。
p.49
神々への禱詞は、一句一句ほぼ長さのきまった雅語で綴られて、(節付け sakor して朗々とのべられることもあるが) 多くの場合、低声で側でも聞きとれない程に述べていかれるもので、これは悪神 wen-kamui 等に聞かれてもならないし、また婦女子等に聞かせてもならぬものとされているからである。
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(2) 祭祖神
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久保寺逸彦 (1952), p.49-52
筆者は、アイヌの祭祖神を二大別して
(1) 通常祭祀 use-onkami の神と
(2) 尊貴の礼拝 pase-onkami の神
とにすることが出来ると思う。
後者は家系によって、その祭神を異にするもので、決して他人には言わぬ程の重い意味を持つ各家系の守護神の礼拝である。
これは、酒など少い場合には勿体ないとしてその礼拝を省略するのが常である。
今一例を日高国沙流川筋二風谷部落の二谷國松家の祭祀神にとれば、次の諸神が礼拝される。
(1) 通常祭祀神 use-onkami kamui
(A) 屋内にて礼拝する神
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(イ) 火の姥神 Kamui-huchi, Ape-huchi
(ロ) 家主の神 Chise-kor-kamui
(ハ) 家の主人の守護神 Chise-kor-kur sermak epun-kine kamui
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(B) 屋内と戸外とで礼拝する神
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(ニ) 村の守護神 Kotan sermakun epunkine kamui, Kotar-kor kamui
(ホ) 始祖神 Aeoina k arnui
(へ) アベツ沢の沢尻の神
(ト) 門別川の神 Mopetun-onkami
(チ) チカポイ丘の神
(リ) 沢口の水の女神
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(C) 戸外の幣壇で祀る神
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(ヌ) 大幣の神 Nusa-kor kamui
(ル) 森の神 Shirampa kamui
(ヲ) 狩猟の神 Hashinau-uk kamui
(ワ) 水の神 Wakka-ush kamui
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(2) "尊貴神礼拝" pase-onkami の神
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(カ) 熊の王神 Metottush-kamui
(ヨ) 賀張川の奥の神 Kapari-emko-un kamui
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(3) 禱詞
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久保寺逸彦 (1952), p.55
A 祖霊祭祀の儀の行われる際、先ず火の姥神 Ape-huchi にいう禱詞。
私だちを育てて下さる火の大御神様!
この国土を領らす姥神様!
次の様なことを私たち一同、あなたの尊い御心に向って希望申上げますことは真実偽りのないところです。
あなたの御膝許の横座に敷設けた祭の花茣蓙の上に、あなたが重んじ座を占めさせて居られるのは、豊御酒の神 Tonoto-kamui、祖翁以来の大御酒であります故、それに加え、祭の花茣蓙の上から、あなた様の御伝言の、数多のよい御言葉、数々のよい御音信を、この木幣と諸共に、外庭の幣壇、幣壇の上に鎮まりまして、木幣を納受なさる神々たち (大幣神・森の神・狩猟神・水の神等) が残らず酒杯を手に御執り下さる様、また木幣をお納め下さる様、御取計らい下さって、一先ず神々への礼拝も了えた次第であります。
さて、その他に、昔から、ずっと古くから、大幣産土神の下座にあって、私たちが尊び、木幣を供え来ったのは、先祖の方々でありますので、今神々を祀ると同時に、削花で斎い飾った神酒に、祖翁の掟のままに作った木幣、なお、私たちを養って呉れる種々の食糧、人間の国土の食物の善美なものに、酒糟も添え、また菓子類、煙草なども一緒にして、今あなたの御膝許 (横座) に並べ据えた次第であります。
そういう訳ですから、いつもして下さる様に、この度も、あなたの御口添えを、木幣や酒に添えて下さって、私たちが、私たちの木幣を納受され、酒杯をお納め下さる先祖の方々に、祭祀供養が出来る様にさせて下さい。
その様なことは、あなた御自身でなさるのは勿体ないから、あなたの配下として下座に相並んで居られる女神たちの中から、雄弁の点からも、心の確りしている点からも、あなたの最も頼むに足りる女神を御選び下さって、その女神を以て、あなたの御言葉を伝えさせて下さい。
そうして下さったら、祖翁以来、祈って来た神々の、私たちへの御加護がある上、更に私どもの祖先の方々の御冥助もあるでありましょう。
どうか、万事恙なく、過ちなく、この祭祀が済みます様、私たちの傍を御守護なさって下さいませ。
ハー エ エ エ ! 14)
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同上, pp.56-59
B 祖霊への禱詞 shinrit orun inonno-itak
Nusakor kamui | | 大幣の神の、 |
kamui kunchi-kese | | 神の下座にあって、 |
chikopasere | | 私達が尊び祀り、 |
inau uk shinrit ! | | 私達の捧げる木幣を納め給う祖霊達よ |
tukiuk shinrit ! | | 酒杯を納受し給う先祖方よ |
tap anakne | | ただ今、 |
ekashi tonoto | | 祖翁以来の豊神酒、 |
inau-kor-ashkor | | 削花にて斎い浄めた大御酒、 |
ekashi-kor inau | | 祖翁以来の木幣、 |
usa haruhu | | 諸々の食糧、 |
haru pirkapi | | 供物の善美なるもの、 |
tampakuura | | 煙草もろとも、 |
usa topempe | | 菓子のたぐい、 |
tap opl tta | | これ等すべてのものは、 |
ku-aki nishpake | | 私の弟君なる首領が、 |
ashikor ork e | | その手で、 |
e-yuptek akusu | | 働き勤めて調えたもの故、 |
tapampe neno | | この様に、 |
a-pase keutum | | あなた方先祖の尊い御心に対し、 |
e-rik-uiruke | | 手を上げ、 |
e-ra-u iruke | | 下げして恭々しく、 |
tonotokamui | | 酒の神 (酒の敬称)、 |
e-ko-onkami | | を以て礼拝し、 |
ku-kihi tapan. | | まつる次第であります。 |
peure-utar | | 若い人々、 |
shukup-kur mashkin | | 青年男女は愈々、 |
shukuprewetok | | その生先において、 |
a-e-ko-irawe | | 我々が心から待望することは、 |
usapkipirkap | | その生業を立派に営んでゆくこと、 |
iki rok hine | | でありますが、 |
ku-akinishpa | | 私の弟君が、 |
巴-yai-kamui or | | その神々に対し、 |
e-kotomtepe | | 敬意を捧げんため心をこめて 建てて差上げたのは、 |
peure kenru | | 年若い家、 |
chise katkemat | | 家の夫人神 |
ne ruwe tapan. | | であります。 |
sekoran kusu | | そういう訳で、 |
chise-nomi tap. | | かく新室寿ぎの神事を行っている次第です。 |
t巴eta anak | | また往時は、 |
ekashi uta r | | 私達の祖翁らは、 |
n 巴p inomi | | 如何なる祈り、 |
nep inau-ashi | | 如何なる神祭りを、 |
sekoran yakka | | 行う折にも、 |
eattukonno | | ただひたすらに、 |
shinrit puri | | 先祖以来の風習を、 |
kamui keutum | | 神々の御心に対し、 |
e-ko-w airuke | | 手落ちなく、 |
e-ko-tomtek | | 鄭重に営んで、 |
oka rok yak ka | | 来たのですが、 |
tane anak ne | | この頃では、 |
ne rokhika | | その様にすることも、 |
kiki-chituye | | 差止められた、 |
semkorachi | | 同様に、 |
tonoかみirenka | | お上の法律、 |
hokampakusu | | やかましくて、 |
chipa-san kata | | 幣壇にあって、 |
inau-uk kamui | | 木幣を取らせられる神々も、 |
inau-uk shinrit | | 先祖の方々も、 |
chi-emishimurep | | 心淋しく思われて、 |
oka a yakka | | 居られたでしょうが、 |
ku-aki nishpa | | 私の弟君が、 |
tapamp e rekor | | これぞ名づけて、 |
kamui ko-inuina | | 神様にも知られぬ様こっそりとする、 |
shomo hetap ne | | という訳ではないが、 |
ki rok katu | | その様な仕方で、 |
he-yai-kamui or | | 自分の祀る神々に、 |
e-oteknure | | 工面し調えて、。 |
oikiuship | | 用意したものは、 |
shiroma ashikor | | この豊御酒、 |
inau-kor ashikor | | 削花もて斎い浄めた酒、 |
ekashi tonoto | | 祖翁の神酒、 |
ne rok kusu tap. | | なのであります。 |
iresu-kamui | | (既に)火の姥神様が、 |
tu pirka sonkoho | | 数々のよい御伝言、 |
re pirka sonkoho | | 数多のよい御使りを |
koetamkeno | | 添えて、 |
ekashi chipa-san | | 祖翁の幣所、 |
chipa-sa nkashi | | 幣所の上に、 |
e-tuki -uk -kuru | | 酒杯を受け給う神を、 |
ekashi-nomi-kur | | 祖翁の祭った神々、 |
shine ikinne | | 皆悉く、 |
chi-inau-ukte | | この木幣を納め、 |
chi-tuki-ukt巴 | | この酒杯を御受け下さり、 |
apunitar | | 平穏に、 |
hopita mashkin | | 祭祀も了えましたが、扨て、 |
shukup-kur tap | | 年若い男子である、 |
ku-aki nishpa | | 私の弟君は、 |
ne rok a yakne | | である以上、 |
shukup kokanno | | その一生を通じて、 |
peure kenru | | この新宅の、 |
kenruupshor | | 新宅の中で、 |
pirka uwari | | めでたく出産し、 |
pirka usapte | | 無事に子供が生まれ、 |
pirka ureshpa | | 恙なく育ち、 |
pirka usapki | | 立派に生業が、 |
ki rok kuni | | 営めます様に、 |
nehi tapan na | | して戴きたいと、 |
hoshk i ku -i tak | | 先ず御願い申上げます |
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oeepakita | | 次に、 |
inau-uk kamui | | 私たちの御記りする神々の、 |
tekkisamata | | 傍にあって、 |
tapampe kusu | | この為に (我々によって)、 |
chikoitomte | | 鄭重に御祀りを、 |
shinrittono | | 先祖の方々は、 |
ai -e-karkarhi | | されている、 |
iki rok yakun | | ことであるならば、 |
peure utar | | (この家に棲む)若い人々の、 |
shukup ru wetoko | | その生先永く、 |
irawe kashi | | 希望を遂げ得ますよう、 |
a-e-ko-punk ine | | 御加護下さって、 |
inki patum | | 如何なる疫病が、 |
utum-kush yakka | | 流行して来ましようとも、 |
chianunkopa | | 他人と間違えられて襲われることの、 |
ko-isam kuni | | ないよう、 |
tu -sasui -shir or | | 生の極み、 |
re-sasui司shir or | | 末永く、 |
chieomare | | 続いて、 |
a-kor a punkine | | あなた方の御冥助が、 |
oka nank onna. | | あります様御願いいたします。 |
naa samata | | それと同時に、 |
tapampe kusu | | このために、 |
al -e-tomte | | 恭しく、 |
a -k o-onkami | | 御供えいたしました、 |
tonoto otta | | 酒も、 |
shirari tura | | 酒糟も、 |
shito maratto | | 粢餅も、 |
asa aepi | | その他諸々の食物、 |
tampako haru | | 煙草も、 |
inau eturen | | 木幣に添えて、 |
ne rok a yakne | | 御供えする訳ですから、 |
n巴hikorachi | | それ等をそのまま、 |
a-e-maratto kor | | 御土産に御持ち帰りになって、 |
a-eshiepeyar | | 他の方々にも御頒ち、 |
newane yakne | | 下さったら、 |
shin巴ikinne | | 皆一筋に、 |
shinrit punkine | | 先祖だちの御守護が、 |
oka nankon na. | | あることでしょう |
o eepakita | | 更に又、 |
nishpa inne | | 長者も多く、 |
uta叩a mne | | 首領も数多く、 |
shiran yakka | | 居られるにもかかわらず、 |
ikir tumta | | その中から、 |
ku-wei shirhi | | 私の様な拙い者、 |
ita kkomoyo | | 雄弁でもなく、 |
wayasap amu | | 愚昧な人間、 |
ku-ne rok hine | | である者が、 |
chie-numshi | | 特に選ぴ、 |
a-巴n-ekarkar | | 出された、 |
sekor-an mashkin | | ことであれば、いとど、 |
tu-itak utur | | 詞のあいだ、 |
re-itak utur | | 言葉のあいだ、 |
uhaita ya kka | | 落度がありましようとも、 |
iresu-kamui | | 火の姥神様の、 |
pirka sonko | | 勿体ない御口添えを、 |
kamui tunchi-mat | | その配下の媛神だちが、 |
e-sonko-ampa | | それをあなた方に御伝え下さり、 |
ne tekkisama | | それと同時に、 |
e-kopunkinep | | 守護して呉れる、 |
巴kashi mutpe | | 祖翁伝来の佩刀、 |
ne rok a yakne | | もかく佩びていることですから、 |
ani epitta | | かく申上げる凡ての私の言葉を、 |
uhaita sakno | | 落ちなく、 |
a刊rka nu wa | | よく御聞入れ下さった、 |
shiran nankor. | | ことでありましょう。 |
sekoran yakun | | さて、 |
hanke tuima | | 近くや遠くの村々に、 |
u tari innep | | 一族も多く、 |
apa ko-innep | | 親戚も多い、 |
klトakinishpa | | 我が弟君(家の主人) のことですから、 |
shinep shir-ne | | それ等の人々も皆一様に、 |
popke oka | | 健かく暮らし、 |
apunno oka | | 平穏に暮らし、 |
pahau sakno | | 悪い風聞など立つことなく、 |
ne rok kuni | | あります様に、 |
nehi tapan na | | と御願い申上げて、 |
pakno ku-ye. | | 私の言葉を了えます。 |
apunitar | | 心和やかに、 |
itak kurkashi | | 私の言葉の上を、 |
chikohosari | | 御顧み下されて、 |
shinrit punkine | | 祖先の御加護を、 |
okanankon na | | 賜わることは疑いありません。 |
ha e e e! | | ハー エ エ エ! |
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同上, pp.59-61
C 佩刀 emushi に対する祈詞 (酒箸でこれに酒を滴らせていう)
祖翁伝来の佩刀よ!
祖翁の子孫である私は、甚だ心許なく思います故、火の姥神様が、私の禱詞の足らないところを種々御口添え下さって御伝言下さいました。
そのよき伝言の傍を、御守り下さる様、あなたにも御頼み致しました次第であります。
先祖の方々の召上った御余りを喜んで御受け下さい。
D 祭冠 sapaunpe に対する祈詞 (酒を滴らせつつ)
祖翁伝来の札冠よ!
祖々に対する礼拝、先祖方への供養を私が営みます傍を、御護り下さった訳でありますから、先祖の御飲みになった御余りを喜んで御受け下さい。
E 酒の神 Tonoto kamui に対する祈詞
酒の神よ!
祖先の方々の御余りを以て礼拝いたします。
酒の神の明るい和やかな御心に対し、その御栄えを祝福いたします。
F 酒糟 sat-shirari に対する祈詞
今かくの如く、酒糟を添え、祖霊をお祀り致しました次第でありますから、それと共に、先祖の方々にも、過ち怪我されることもなく22)お帰りになり、またあの世で楽しく興じ合われることでしょう。
我々も亦今日は楽しく興じ遊んで、怪我過ち等することもなく、この祭祀を了え、家に帰ることでありましょう。
G 火の姥神への感謝の禱詞
私はこの務めに選ばれて、甚だ覚束ないにもかかわらず、あなたの御口添えの立派な御言葉に、祖翁以来の豊御酒、木幣の善美なるもの、それに種々食物を添え捧げて、先祖に対する祭祀を終えました。
あなたの尊い御心に対して、深く首をたれ、御礼申上げる次第でございます。
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(4) 酒宴
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Munro (1938), pp.133-138
容が挨拶を終えてみんなが再び席に着くと本格的な酒宴が始りますが、この時には大抵の男たちは思いのままに好きなだけ酒を飲むことが出来ます。
この時の家の主人はその役目柄から,〈サケ サンケ クル〉(酒を注いでくれる人) というそれに相応しい名称で呼ばれます。
彼は空になった酒杯を手にすると,それを押し戴いてその腹を擦ります。
座にいる男たちもみんな同じように両手を押し戴いて挨拶を交わします。
これが合図となってこの家の妻は酒杯に濁り酒を満たします。
家の主人はその酒杯を受け取って酒宴を取り仕切る長老に手渡します。
長老は捧酒箸を使って、その酒杯から濁り酒のしずくを〈チセイ コロ カムイ〉に向かって散らすように撒きかけます。
次いで捧酒箸を酒杯の縁に載せ、その先を〈チセイ コロ カムイ〉の方に向けたまま、人々を護り恵みを垂れ給えといういつも通りの祈りの言葉を唱えます。
この後長老は、自分は捧酒の仕方に疎いのでとことわりつつ、また人々を護ってもらいたいと短い祈りの一言葉を唱えながら、自分の身体に吊した剣と頭にかぶった冠にも少しずつ濁り酒のしずくを落とします。
長老のこの手順が終わると、二列になって上座に座っている主要な人物たちそれぞれに儀式ばったしぐさで〈イオマレ〉(酒を注ぐこと) がなされます。
役目をあずかる長老と家の主人が座っている席から見て、最も近くに席を占めている人物から順に酒を注ぎ始めます。 ‥‥‥
やがて、この酒宴を取り仕切る長老は、この座を歌と踊りの場に変えて宴を進めます。
家の主人は長老の手をそっと取って立ち上がらせ、酒を入れた容器の前に案内します。
この時に行われる踊りは〈タプカラ〉と呼ばれ、両足を交互に上げて同じ場所を踏みつけ、また時には左右前後を断みつけて拍子を取ります。
長老は、「歌詞の無い歌」に合わせて踊っています。
つまり口にでる言葉を抑えて静かに、それでも音楽の旋律を帯びた聖歌のような調べが踊りに合わせて流れています。
これは、周りにいる他の長老たちが彼ら特有の単調な音曲を一斉に響かせているのですが、これは先祖代々伝えられた音の調べであると言われています。
長老が踊る時には、両腕を開いて上に挙げ、肘を身体の脇に付けたり上下させたりしています。
最初は東の窓を向いて踊りますが、これは屋外の祭壇に祀られている〈カムイ〉たちに向けて踊っているのです。
次いで北を向いて〈チセイ コロ カムイ〉に踊りを見せます。
その後、自分の席に戻る前に、南側にある囲炉裏の方へ一、二歩進んで踊りを終えます。
最後の踊りは一見平凡なように見えますが、しかし全体を通じてこの踊りの技は、明らかに人々に恵みを垂れる神々への儀式としての挨拶であることがわかります。
時によっては、この家の妻でない中年かそれ以上の年齢の一人の婦人が、長老の足取りや挨拶のしぐさを真似ながらすぐ後について行くことがありますが、それが二人、三人となってついて行くこともあります。
ただし、人格が優れているとされている婦人だけにしか、このような神聖な儀礼に関与することは許されていません。
こうして、家の主人は長老を案内してもとの席に着かせます。
この祭儀が続けられている際に、酒精分が発酵し始めたために、家屋の南東の隅にいるいたずらな悪霊どもが動きだすことに注意を払わなければなりません。
この悪霊どもが酒を損なう不届きな仕業を抑えるために、その隅に向かって酒を守護するための儀礼的な挨拶を行ってその動きを阻止します。
この時座にいる者たちは、代わる代わる思いのままに声を張り上げてこの踊りに合いの手を入れます。
この踊りも、〈サケ ハウ〉(男が踊る時の歌) も、一見何の技巧も凝らしていないように見えますが、実際には足踏みをしたり、発声の仕方、声の振るわせ方、音色の変化などを調子よく進めるためには、かなりの場数を踏んでいなければ出来るものではありません。
長老たちが見れば、歌や踊りの巧拙はすぐに見抜くことが出来ます。
それに下手な歌や踊りは、歌舞の何たるかを知悉していた先祖の霊魂を辱めることにもなる、とまで一言う人々もいます。
酒が身体にまわって来ると、皆はよく喋り、歌も出るようになります。
その騒ぎ声は、まるで「初夏の蛙が一斉に鳴きたてる」ような賑やかさです。
滅多に酒を飲まない女性たちも今宵は存分に飲み、濁り酒の入った〈シントコ〉の蓋の周りに円座を作り、〈ウポポ〉(座歌) を歌って楽しく時を過ごします。
この〈ウポポ〉は一種の輪唱の形式をしたもので、一人あるいは複数の者たちが曲の一節を歌い始め、その調べが終わるか終わらないうちに次の者たちがそれを繰り返して歌います。‥‥‥
女性たちは歌う楽しさですっかり夢中になっていますが、その声のひびきは聞く者をうっとりきせてしまいます。
踊りもまた彼女たちの楽しみであり、歌と踊りは、リズムの中に満たされた情感をのびのびと表現させることで、彼女たちの日々の苦役をすっかり忘れさせてくれるのです。
時によっては、〈ウポポ〉自体が歌と踊りの両方を指す場合もあります。またその他の踊りの中には、一言、二言、あるいは数音節の言葉を歌にして、それに合わせて踊るものもあります。
踊りには、実に多くの種類があります。
部屋の上座で長老の〈タプカラ〉(男性の舞い) が行われている間、女性たちや若い男たちは〈シントコ〉の蓋の周りで踊り始め、やがては囲炉裏の周りに大きな輪を作って〈リムセ〉(輪になった踊り) を続けます。
この輪舞は何時でも右廻りに進むことになっています。
左廻りに進むことは不吉であるとされているからです。
囲炉裏の周りで輪になって踊るのは何も若い人々だけではありません。
七十歳、八十歳の男女もこの踊りに参加して、結構楽しんでいるのです。
踊りは夜明け前まで続けられますが、その頃にはもう人の数も疎らになっています。
酒宴が終わりに近づいてゆく間にも、いくつかの儀式上のしきたりのあることがわかります。‥‥‥
酒宴の席から帰る人々は皆、儀式にかなった挨拶をして辞去することになっています。
さらに酒宴の席に居残る人々は、囲炉裏の上座に少人数で二列になって座り、この儀式の始まる前の形を整えています。
まだ少し残っている濁り酒の入った容器は、囲炉裏の上座から運んで来て神聖な茣蓙の上に置きます。
この時に、部屋の下座に座っていた女性たちが儀式の終わりを告げる踊りを始めるのがしきたりになっています。
これは儀式の中で最後に踊る伝統的な踊りです。
この踊りは〈ハララキ〉(野鴨の踊り・水鳥の踊り) と呼ばれていて、〈ハララ〉と音を立てて踊ることを指しています。
これは、いつでも「ルル、ルル、ルル」と声を立てながら踊るからで、まるでそれが羽ばたいて飛び立つ鳥のように見えるのです。
確かにこれは、鳥を真似て作られた踊りでありましょう。
踊り手は皆、着物の両方の袖端を指と手のひらの間でしっかりと掴んで伸ばし、伸ばした両腕が交互に上下するように身体を左右に揺らせて踊ります。‥‥‥
この踊りは単に娯楽として、これとは別の機会に行われることもありますが、祭時においては一番最後に踊ることになっています。‥‥‥
濁り酒を入れてある容器が空になると、これを部屋の北東の隅に移します。
最後まで残されていた一本の逆に削った〈イナウ〉が囲炉裏の中で燃やされ、神聖な茣蓙は北側の壁近くに移動されます。
そこはまた、〈チセイ コロ イナウ〉が安置される場所となり、この〈イナウ〉は神聖な茣蓙の上の茅葺きの壁に高く突き挿されます。
かなりの人数の仲間たちが囲炉裏の周りに集まり、昔話に耳を傾けています。
今なお英雄叙事詩や伝説にかなり詳しい人々がいて、囲炉裏の枠を棒で叩いて拍子を取りながら語り続け、周りにいる者たちはそれにすっかり魅了されてしまっています。
皆は物語に心を奪われて、時の経つのも忘れています。
私はその後にも何度か酒宴に列席させてもらいましたが、ある年、十二月のある日の朝五時頃にこの酒宴の行われた家を訪れたところ、そこに集まった数人の者たちがこの物語を夢中になって聞いておりました。
正午近くまでいた人々はやがて名残り惜しげにそれぞれの家に戻って行きました。
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引用文献
- Munro, Neil Gordon (1938) : B.Z.Seligman [編] : Ainu Creed And Cult, 1962
- 小松哲郎[訳]『アイヌの信仰とその儀式』. 国書刊行会. 2002
- 久保寺逸彦 (1952) :「沙流アイヌの祖霊祭祀」, 民俗学研究, 第16巻, 3-4号, 1952.
収載 : 佐々木利和[編]『久保寺逸彦著作集1: アイヌ民族の宗教と儀礼』, 草風館, 2001, pp.39-69
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