Up 『アイヌ史資料集』/河野本道 作成: 2017-03-09
更新: 2017-03-09


    「アイヌ民族」を否定する河野本道は,その当時の情勢では,民族派"アイヌ" からの攻撃を招かずには済まない。
    その攻撃は,彼が編集した『アイヌ史資料集 第1巻「一般概況編」』(北海道出版企画センター,1980) に対する「アイヌ差別」弾劾という形でやってきた:

    以下に,各々から本文の部分を引用する。

       1.「放送大学に対する抗議と申し入れの呼びかけ」, 2001-05-29

     人類学者・河野本道氏が、放送大学(丹保憲仁学長 麻生誠副学長)の授業『世界の民族』 において、「アイヌ-その再認識」の講義をしていることに対し、私たちはその中止を要求しています。
     すでにご存じのように河野本道氏は1980年、『アイヌ史資料集 第3巻 医療・衛生編』(全6巻)を北海道出版企画センターから復刊しています。それはアイヌ民族差別と人権侵害の図書です。
     特に、戦前の北海道庁警察部が作成した「余市郡余市町旧土人衛生状態調査復命書」(1916年)と関場不二彦著「アイヌ医事談」(1896年)には、あわせて500人以上のアイヌ民族の実名、地名、年齢、性別、職業、病名、治療経過が一覧表にされているうえ、「病名」には「遺伝性梅毒」などとレッテルが貼られ、「梅毒」がアイヌ民族の「固有の病気」であるかのように書かれています。まさにアイヌ民族管理のために行なわれた差別調査結果がこの「資料集」だといえます。
     その復刻にあたって河野氏は、調査そのものに対する何の批判もなく、また、民族の人権に対する配慮も行なわないまま刊行したのです。

     アイヌ民族がこの河野氏の民族差別と人権蹂躙を弾劾して話し合いを求めて10年になりますが、現在まで一切「話し合い」に応じず、逆に1997年、河野氏は北海道立北方民族博物館での自分の講演に中止を申し入れたことに対してアイヌ民族(山本一昭、北川しま子さん)のみを講演妨害とでっちあげ、損害賠償請求裁判を提訴したのです。
     この問題はすでに衆議院法務委員会でも追及され(1990年)、札幌弁護士会人権擁護委員会は「人権侵害」の勧告を行なう(1992年)など、社会的批判にさらされてきました。

     河野氏は
    「(『資料集』は)学術的価値は高く、編集復刻・出版は出版の自由、学問の自由によって保障される憲法上の権利である」(河野氏の訴状)
    と居直り、さらに
    そもそも『アイヌ』を民族的集団として位置づけることには問題があり、『アイヌ』または『アイヌ民族』としての人格権や名誉があるなどという主張は、単に偏した主観にもとづくものとしか考えられない。なお、今日におけるアイヌ系日本国民を短絡的に「アイヌ」と自称、他称することは問題である(アイヌ民族側提訴に対する河野氏の陳述書/1999年12月9日)
    と言いきり、アイヌ民族の存在そのものを否定しています。

     放送大学の「世界の民族」の第三講「アイヌ-その再認識」(1998年開講)において、河野氏は自分の民族差別理論を放映し続けています。さらにひどいことにこの授業の「教材」において
    「・・・その後『アイヌ』は次第に国家の枠組みの中に組み込まれていったが、<和人化><和風化>に対する強い抵抗は稀にしか示しておらず、最近に至るまでむしろそれを積極的に求める傾向のほうが強かった」「また、戦時下で一般にアイヌ系の者も、大日本帝国の海外侵略を積極的に担い、日本国民意識を持つに至った」
    などとアイヌ民族は”和人に同化して当然”とするような考え方に立ち、繰り返し侮辱しています。
     彼の展開する「『アイヌ』の歴史」は、天皇制日本国家によるアイヌモシリ侵略支配と同化・抹殺政策に対する一片の反省・批判もないばかりか、アイヌ民族解放運動への憎悪さえ感じさせるものと言わざるを得ません。

     私たちはこのような河野氏の差別講義を即刻中止するよう大学に申し入れ、4月17日に放送大学との話し合いをもちました。
     しかし、放送大学は
    学問の自由が憲法で保証されている」
    「河野本道の立場だけでやっているのではない」
    「教育番組であるからいろんな人の立場を番組で紹介する、見る人に判断させる」

    などと言い逃れようとしました。出席した麻生誠副学長も原尻英樹「世界の民族」主任講師(4月1日から静岡大学教授)も「アイヌ史資料集」とは関係ない、知らないなどと言いながら、
    「ある特定の立場に立てば、河野さんは学問的業績がアイヌ研究であるから」
    河野氏を講師に選んだという始末です。

     私たちは引き続き河野本道氏の講義継続を許さず、放送大学ならびに原尻講師の責任を追及し、河野氏の放送番組の中止とビデオならびに印刷教材からの削除、アイヌ民族に対する謝罪を要求し闘いぬきます。
     すでに河野氏の授業は98年から現在まで7回にわたって放映されていますが、後期(10月開始)にも放映されようとしています。「世界の民族」を受講している人は約600人と大学は述べていますが、それ以上の人々がテレビで見ることができます。
     みなさんからも放送大学に対して、早急に講義と中止の要請を行なうことを呼びかけます。多方面の方々、団体からの講義が大学に集中するようにこの運動を広げてください。ご理解とご支援をよろしくお願いします。
     また、抗議文等の写しをピリカ全国実まで送ってください。交互に連絡をとりあっていきましょう。

     なお、河野本道氏とアイヌ民族の裁判に関するニュース「アイヌ ネノ アン チャランケ」と、『アイヌ史資料集』に対する批判の文献「アイヌ ネノ アン チャランケ-人間らしい話し合いを」は、このウエブサイトでも販売しています。
     また、放送大学の教材「世界の民族」(原尻英樹著 放送大学教育振興会刊)は、大手書店で入手することができます。



       2.「アイヌ民族の人権と名誉の回復のために最高裁判所への申し入れにご協力ください」, 2006-09-01
    私たちアイヌ民族原告団は、人類学者と自称する河野本道が編集・出版した差別図書『アイヌ史資料集』医療・衛生編)を弾劾し、回収と謝罪を求めて闘ってきました。一九九七年一二月二六日に札幌地方裁判所に提訴して以来、はやくも九年の歳月が経過しようとしています。
    河野本道が編集し、一九八〇年に北海道出版企画センターが発行した『アイヌ史資料集』(第3巻医療・衛生編)には五〇〇余名にものぼるアイヌ民族の実名、出身地、病名、健康状態、家族構成などが記されているばかりか、アイヌ民族は「衛生観念に劣る」、「梅毒」はアイヌ民族に「特有の」「特徴的な」病気など とデッチあげています。
    しかも、河野本道はこの裁判において、アイヌ民族に対して「アイヌ系の者」、「アイヌ系日本国民」などと述べアイヌ民族の存在を否定し、「すでに日本国家人に同化し民族として成立したことはない」と繰り返し主張し、アイヌ民族を侮辱しつづけてきました。この『資料集』についても「歴史的画期的貴重な資料」とウソぶいてきました。
    しかし、札幌地裁はアイヌ民族にたいする人権侵害を明らかにする学者などの証人を採用せず、民族差別に貫かれているこの『資料集』について裁判所としての独自の判断も行わず、直接の被害者ではない(註)という理由で、私たちアイヌ民族の訴えを棄却するという不当な判決を下してきました二〇〇二年六月。札幌高等裁判所伊藤紘基裁判長は「今日明治二九年ないし大正五年当時と同様な差別が行われていると認識する者がいると考え難い」、「現在のアイヌ民族にたいする差別表現であるとか、現在も存するアイヌ民族に対する差別を助長するものであるとまでは認めることはできない」、「資料集はアイヌ研究にとって貴重な資料」として私たちアイヌ民族の主張を一刀両断に切り捨てました。再び裁判所は、アイヌ民族の人権を切り捨てたのです。
    私たちアイヌ民族原告団は、この差別・不当判決を絶対に許すことはできません。今日なお拡大再生産されているアイヌ民族に対する差別と偏見、権利の剥奪と蹂躙、民族としての存在を否定する同化政策と闘い続けていくためにもこの裁判に勝利しなくてはならないと思っています。
    最高裁判所への共同署名に是非ご協力ください。

     註 : ここでの「直接の被害者ではない」には,「自分たちを勝手にアイヌ系統者の代表にしている」の含蓄がある。


       3.「河野差別図書弾劾上告棄却判決・弾劾声明」, 2007-05-21
    (1) さる4月12日、最高裁第一小法廷(裁判長涌井紀夫)は上告を棄却し、札幌地裁、札幌高裁の差別不当判決を追認しアイヌ民族の人権と名誉、尊厳を踏みにじった。最高裁判所を開かず、事実審理も行わず、アイヌ民族の意見に耳を傾けようともしなかった。私たちは日本の司法のこの現状に怒りをもって弾劾する。被告・河野本道が謝罪し、差別図書=『アイヌ史資料集』(医療・衛生編)を回収するまで追撃戦にとりくむことを改めて確認するとともに、全国の仲間の皆さんに支援と連帯をよびかける。
    (2) 私たちアイヌ民族原告団は、人類学者と自称する河野本道が編集・出版した差別図書を弾劾し、回収と謝罪を求めて闘ってきた。1997年12月26日に札幌地方裁判所に提訴して以来はや9年の歳月が経過した。
    その間、私たち原告団は集会や学習会に出席したり、また裁判所に差別図書抗議の民衆の声を届けるために署名をよびかけてきた。故・萱野茂さんをはじめウタリ協会平取支部、同 札幌支部、旭川アイヌ協議会などに所属する100名をこえるアイヌ民族(註)、部落解放同盟大阪府連浅香支部、同 泉佐野支部、長野県連御代田町協議会の皆さん、反戦・反基地を闘う沖縄の皆さん、そして北海道から九州の労働者、市民の署名が寄せられ、地裁・高裁・最高裁にその都度提出してきたが裁判所は無視し続けた。
    「アイヌ民族の人権の回復を」との思いをこめた自筆の「上申書」も全国の仲間から寄せられ、最高裁に提出したがそれも一考だにされていない。原告の川村や関東の仲間を中心に3度にわたって最高裁と面談し、「アイヌ民族の主張を直接聞くように」と要請したが実現しなかった。歴史的にみて最高裁の裁判官はアイヌ民族の声を直接聞いたことはこれまで一回もないのだ!札幌地裁、札幌高裁、最高裁をつらぬいて司法権力はアイヌ民族を無視し、抑圧し、差別しつづけてきたのである。
    (3) 私たちは河野本道にたいする追撃戦を継続する。9年余の闘いはアイヌ民族の人権の確立をめざす運動として全国に確実に広がり、この活動はアイヌモシリ侵略、略奪、支配を弾劾する取り組みと一体であることが鮮明になってきた。「アイヌは民族として存在しない」などと主張してきた河野本道たち人類学者をさらに追い詰め、その影響力を断ち、学会などから一掃されるまで闘おう。 
    (4) 22名の弁護団の皆さんの努力にも感謝します。裁判への傍聴、署名活動、ハガキによる抗議、集会、デモ、さらには裁判闘争へのカンパなどに協力してくださった全国の仲間の皆さんに心から感謝と連帯を表明します。「裁判には負けたかたちとなっているが、運動では勝ってきた」と述べていた山本一昭原告団長の意見を踏まえ、引き続き闘い続けましょう。

     註 : 即ち,「100名をこえるアイヌ民族」が,原告グループを自分たちの代表として許容する「アイヌ民族」の,実数である。


    河野本道/『アイヌ史資料集』は,更科源蔵/『アイヌ民族誌』の轍を踏まなかった。
    しかし, 「アイヌは民族として存在しない」などと主張してきた河野本道たち人類学者をさらに追い詰め、その影響力を断ち、学会などから一掃は,この通りに事態が進んでいくこととなったのである。