Up 「アイヌのDNA型」 作成: 2019-11-18
更新: 2019-11-18


    「アイヌのDNA型」というものはない。──妄想である。
    「アイヌのDNA型」を言い出すのは,アイヌとは何かを考えたことのない者である:
      斎藤成也・他 (2012)
    今回、研究グループは、ヒトゲノム中のSNP (単一塩基多型) を示す100万塩基サイトを一挙に調べることができるシステムを用いて、アイヌ人36個体分、琉球人35個体分を含む日本列島人のDNA分析を行った。
     ‥‥‥
    1万年以上前から、日本列島には縄文人が広く薄く居住してきたが、3000年ほど前に大陸からの渡来人(Yayoi ancestors)が稲作農耕をもたらして、弥生時代が始まった。
    その後、九州、四国、本州の本土日本人は旧石器時代、縄文時代以来の先住民と大陸からの渡来民との遺伝子交流がひんぱんに生じたが、北海道を中心に居住していた人々は農耕を受け入れず、独自の文化をその後も維持して、その後アイヌ文化を生み出していった。
    そのあいだに、北方から渡来したオホーツク人とも遺伝子交流があり、さらに近世以降は本土日本人との遺伝子交流が活発になり、現在にいたっている。
    この結果、アイヌ人は縄文的要素をもっとも色濃く伝えている。
    琉球人は、九州からもたらされた稲作農耕を受容するとともに、本土日本人との遺伝子交流が歴史時代を通じて存在したが、なお縄文時代以来の先住民のDNAを、本土日本人よりは高く保持している。
    このため、北のアイヌ人からみると、南の琉球人が遺伝的に本土日本人よりも近い状況になっている。



    「アイヌ人36個体」「琉球人35個体」?
    はて,「アイヌ人」「琉球人」をどうなふうに決めたのか?
    学者としての資質が疑われるこの(てい)は,つぎの事情による:
      Marks (2002), p.87.
    遺伝学者は、人類学者が人種が何であるかを決めたと考える。
    民族学者は、遺伝学によって正当性が証明された法則が自分の分類に具体化されていると考える。
    政治家は、自分の偏見が遺伝学の法則によって支持され、形質人類学の発見によって支えられていると信ずる」


    引用文献
    • 斎藤成也・他 (2012) :「日本列島3人類集団の遺伝的近縁性」, http://archive.md/zv6Ok2
      • The history of human populations in the Japanese Archipelago inferred from genome-wide SNP data with a special reference to the Ainu and the Ryukyuan populations (ゲノム規模のSNPデータから推論された、アイヌ人と琉球人に特に着目した日本列島人類集団の歴史),
        Journal of Human Genetics、Nature Publishing Group、2012 年11月1日オンライン版

    • Marks, Johnathan (2002) : What It Means to be 98% Chimpanzee : Apes, People, and their Genes
      • University of California Press, 2002
      • 長野敬・赤松真紀 [訳]『98%チンパンジー 分子人類学から見た現代遺伝学』, 青土社, 2004.