Up サル会所のアイヌ雇用体勢 作成: 2019-01-17
更新: 2019-01-17


      「佐留場所大概書」
       ‥‥‥
    一 出張番屋 三ヶ所
      内 壱ヶ所 七間に三間 会所より壱里西方信台に有。
        壱ヶ所 同 同 会所より三里東方福生に有。
      右弐ヶ所も漁業夷人に番人壱人宛差添、
      二月中旬より罷越(まかりこし)八月中旬引払。
      壱ヶ所 六間に三間 別當狩に有。
      右は三ッ石場所内え昆布刈取中沙留夷人出稼場也。
      夏土用頃より夷人に番人壱人差添罷越、八月初め引払。
       ‥‥‥
    一 蝦夷惣家数弐百三拾六軒 惣人数千拾三人
      内 男五百三拾七人
        女四百七拾六人
      内 乙名役拾四人 小使弐人
    一 夷人漁船 百五拾艘
      産物
       熊胆 熊皮 干鱈 干鮫 干(かすべ) 魚油 煎海鼠 鯡
       島鼠 鷲羽 椎茸 厚し (しな)縄 
       此外雑魚もあれ共〆粕等に出来程は無之。
      右産物出高毎年九百石目程、
      三月末より七月頃迄箱館仕入物積下り船え積替登せ候。
       ‥‥‥
      御用地以前は、ユウフツ場所内マゝツと申所え
      佐留夷人毎年秋に至鮭漁致し来候処、
      文化元年よりマゝツえは不参、
      ユウフツ附千年川の内にて漁場受取今に至り、
      毎年頃より夷人を遣し鮭漁出稼為致、
      干鮭箱館廻し御払に相成候上、
      勇武津 佐留半に御収納相成候積り。
       ‥‥‥
    一 文化四卯年より浦川場所へ昆布出稼仕、
      取揚昆布箱館相廻し、
      御払に相成候高の内、浦川 佐留半々の割合に御座候。
       ‥‥‥
    一 サル川 船渡し 巾七拾間程 川守蝦夷番人
      川源より川下迄里数凡四拾七里、
      左右樹木生茂り断岩又平地の所もあり。
      七月頃より鮭魚昇るといへ共至て少し。
      小魚は尤多し。
      十一月下旬より氷河と成。
      春正月下旬には氷解船渡しと成。
       ‥‥‥
    佐留場所は東北山、西南海、会所近辺高山なく用水も自由、薪となす雑木も多し。
    春二月末に草木も漸々芽み、四月頃咲く。
    夏土用中も暑気薄く、秋は八月中旬より霜下り、樹草黄み、冬は風烈敷故雪も積る事なし。
    寒気もゆるやかに四季とも凌能き方也。
    夷人業は
    春は海辺へ出て釣物をなし、
    夏は生海鼠を引、昆布を刈、
    秋に至千年川鮭漁出稼致し食糧を貯へ、余分は干立て荷物に出し、
    冬は山家へ帰り漁船又は網を拵へ、榀縄をなひ、 女は厚しを織、キナ(むしろ)を編み、
    男女共春より秋迄漁業、
    手透の節は粟、稗を作り、或は茎立の草 同根を刈取、魚へ交て食糧資とす。
    一体夷人大勢にて産物乏しき場所故、夷人経営不宜方也。


    引用文献
    • 『東蝦夷地各場所様子大概書』「佐留場所大概書」, 1808
      • 北海道[編]『新北海道史 第7巻 史料1』, 北海道, 1969. pp.539-543