Up 「アイヌ利権」を講ずる : 要旨 作成: 2017-03-30
更新: 2017-03-30


    "アイヌ民族" が唱えられるのは,これを唱える理由があるからである。

    「アイヌ特権」を定める「アイヌ法」は,根拠の概念を "アイヌ民族" にしている。
    民族派"アイヌ" は,アイヌ系統者のうち「アイヌ特権」を受ける者である。
    そこで,彼らにとって,"アイヌ民族" を否定する言動は不都合であり,潰したいものである。

    「アイヌ特権」は民族派"アイヌ" のものであるが,これを抱き込むように「アイヌ利権」がある。
    この「アイヌ利権」が,"アイヌ民族" を一層大きくキャンペーンするものになる。

    北海道は,いま「北海道観光」キャンペーンの一環として「アイヌ民族」をキャンペーンしている。
    かつて同化派"アイヌ" の非難の的であった白老の「アイヌ観光」は,いまは「民族共生象徴空間」の 2020年開始を以て,さらに一皮剥けようとしている。


    「アイヌ文化継承」の言い方を用いても,実体は「アイヌ観光」である。
    (例えば「アイヌ料理」。「アイヌ料理」と称している京料理のようなものは,観光料理である。ごった煮の鍋からめいめいの椀につぐのがアイヌの流儀であり,バチェラーはひどく不味いと著書で述べている。)
    要点は,「アイヌ観光」は永遠だということである。
    アイヌが終焉してから一世紀経ってなお「アイヌ法」「アイヌ予算」「アイヌ特権」「アイヌ利権」なのは,《「アイヌ観光」は永遠》だからである。

    "アイヌ民族" 否定は,作法として,このことを講ずる。
    講じて伝えようとするものは,「"アイヌ民族" 否定」の位相である。
    "アイヌ民族" は,学術において否定される。
    一方,"アイヌ民族" のプラグマティックスというべき「アイヌ利権」は,堅固である。
    なぜなら,それは人の日々の営みだからである。