Up 「アイヌ系統者の先祖」のカテゴリーは立たない 作成: 2017-03-31
更新: 2017-03-31


    "アイヌ民族" 派は,知里幸惠の『アイヌ神謡集』「序」を,好んで引用する:
     
     その昔この広い北海道は,私たちの先祖の自由の天地でありました.天真爛漫な稚児の様に,美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活していた彼等は,真に自然の寵児,なんという幸福な人だちであったでしょう.  
     冬の陸には林野をおおう深雪を蹴って,天地を凍らす寒気を物ともせず山又山をふみ越えて熊を狩り,夏の海には涼風泳ぐみどりの波,白い鴎の歌を友に木の葉の様な小舟を浮べてひねもす魚を漁り,花咲く春は軟らかな陽の光を浴びて,永久にさえずる小鳥と共に歌い暮してふきとりよもぎ摘み,紅葉の秋は野分に穂揃うすすきをわけて,宵まで鮭とるかがりも消え,谷間に友呼ぶ鹿の音を外に,まどかな月に夢を結ぶ.嗚呼なんという楽しい生活でしょう.平和の境,それも今は昔,夢は破れて幾十年,この地は急速な変転をなし,山野は村に,村は町にと次第々々に開けてゆく.

    ここで知里幸惠は,現前のアイヌ系統者を「私たち」にしている。
    そして,和人と遭う前の北海道人を,「先祖」にしている。

    しかし,<和人と遭う前の北海道人>を先祖にもたないアイヌ系統者は,あり得る。
    実際,外地から北海道に移住し,アイヌ文化に同化した者は,<和人と遭う前の北海道人>を先祖にもたない者であり得る。
    また,和人部落がそっくりアイヌ文化に同化した場合,この部落の者たちおよびその子孫は,<和人と遭う前の北海道人>を先祖にもたない者であり得る。

      山本多助「釧路アイヌの系図と伝説」(1948)
     チカップ美恵子編著『森と大地の言い伝え』収載 : pp.21-84
    p.32.
    わが一族の古老たちによると、われらの先祖は青森から船出して網走に上陸、その後クシリ (釧路) に定住したのだという。
    私としては、はなはだ気にくわぬことではあるが、いたしかたのない事実である。


    さらに,<和人と遭う前の北海道人>は,アイヌ──「アイヌ」の姿形の者──ではない:
      アイヌの漁猟採集生活は,鉄器がある。
      鉄器があるばかりでなく,アイヌの漁猟採集生活は鉄器あってのものである。
      その鉄器は,和人がもたらす。
      よって,和人と出遭う前の北海道人は,アイヌではない。

    まとめよう:
    1. <和人と遭う前の北海道人>は,アイヌではない。
    2. アイヌ系統者 (アイヌを含む) で,<和人と遭う前の北海道人>を先祖にもたない者は,あり得る。

    これは, 「アイヌの系統」は,「アイヌ」から先祖溯行する方向へは拡張できないということである。
    「アイヌの系統」は,「アイヌ」から子孫に降る形でしか考えられない。
    そこで,つぎの定義となったわけである:
      先祖のなかにアイヌが少なくとも1人いる者を,アイヌ系統者と呼ぶ。