「ヘイト・スピーチ」表現は,トリックを用いる。
このことを知っていると,「ヘイト・スピーチ」に出遭ったときには,それを分析的に見ようという構えに,自ずとなる。
逆に,このトリックを知らないと,「ヘイト・スピーチ」の内容をまともに信じてしまうことになる。
「ヘイト・スピーチ」のトリックは,基本的に2つである。
一つは,全称命題をつくるというものである。
つぎの命題がある:
いま,a, bがそれぞれがカテゴリーA, Bの員であるとする。
このとき,つぎの命題をつくる:
たとえば,ここに子どもa,bがいて,aがbを「汚い」と言っていじめる。
aは和人で,bはアイヌ系統者だったとする。
このとき,つぎの「シャモヘイト・スピーチ」が出来上がる:
もう一つのトリックは,ネガティブな表現に言い換える,というものである。
実際,どんな物事も,ポジティブとネガティブの両方の表現が可能である。
「教える」と「同化」,「親切」と「偽善」,「熱心」と「強引」,「助ける」と「めぐんでやる」,等々。
「ヘイト・スピーチ」表現は,ただ「ヘイト・スピーチ」で終わったのでは,下である。
「ヘイト・スピーチ」表現は,「ヘイト・スピーチ」と「アリバイづくり」を合わせる。
「アリバイづくり」とは,「ちょっと余裕を見せる」である。
つぎのように言う:
「ヘイト・スピーチ」だけで終われば,相手はつぎのリアクションになる:
「ずいぶんの剣幕だなあ。──だいたい,ほんとかよ?」
しかし,余裕をかますと,相手はつぎのリアクションになる:
「できた人だなあ。──それにしても惨いはなしだ。」
こういうわけで,「質の悪い」ということでは,このトリックがいちばん質が悪い。
以上述べてきたトリックが満載の例として,つぎのテクストを引用する:
戸塚美波子「詩 血となみだの大地」,『コタンの痕跡』, 1971, pp.95-107.
これは,「シャモヘイト・スピーチ」である。
じっくりと吟味されたし。
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詩 血となみだの大地
自然は
人間自らの手によって
破壊されてきた
われらアイヌ民族は
何によって破壊されたのだ
この広大なる北海道の大地に
君臨していたアイヌ
自由に生きていたアイヌ
魚を取り 熊 鹿を追い
山菜を採り
海辺に 川辺に
山に 彼らは生きていた
人と人とが 殺し合うこともなく
大自然に添って 自然のままに
生きていたアイヌ
この大地は まさしく
彼ら アイヌの物であった
侵略されるまでは───
ある日 突然
見知らぬ人間が
彼らの 目の前に現われた
人を疑わねアイヌは
彼ら和人を もてなし
道先案内人となった
しかし──
和人は 部落の若い女たちを
かたっばしから連れ去ったうえ
凌辱したのだ──
そして 男たちを
漁場へと連れて行き
休むひまなく
働かせた
若い女たちは
恋人とも 引さ離され
和人の子を身寵ると
腹を蹴られ流産させられた
そして 多くの女たちは
血にまみれて 息絶えた
男たちは
妻 子 恋人とも
速く離れ
重労働で疲れ果てた体を
病いに胃され
故郷に 送り返された
その道すがら
妻を 子を 恋人の名を
呼びつつ
死出の旅へと発った
(侵略者和人は 利口な 民族であった)
しかし
アイヌも まるきしパカではなかった
そうした 和人の仕打ちに
がまんできなかった勇者は
奮然として 打ち向かった
その結果 壮絶な戦いの末に
和人の域を 攻め落したのだ
追い込まれた和人は
最後の武器を使った
和睦の酒宴と称し
彼らアイヌに たらふく酒を
飲ませ 自由を失った 彼らの
五体を 刀で くし刺きにしたのだ
そのあげく
耳をそいで 見せしめとした
(似ているではないか!どこかの大国がアジアで行なっている
戦略行為に──あまりにも よく似ている)
真っ赤な
どろりとした血
かって 侵略されるまで
いや この大地が
アイヌの天地で あったとき
けっして流れたことのなかった
その血は
それ以後 絶えまなく
地中へと 吸い取られていった
いくたび踏みつけられた
いくたび立ち上がった
いくたび 血を流された
いくたび 無念の涙をのんだ
いくたび 路上でのたれ死んだ
いくたび 「アイヌ!」 と罵倒された──
アイヌが 和人から得た物
それは
酒 梅毒 結核 その他の伝染病
劣等感 そして "死" であった
時は流れ
緑なした原野は
畑と化し
大半のアイヌは
住むべき土地も家も 失った
和人の指導者は 言明した
われらが和人の開拓者には
土地 十五町
アイヌには 五町 あげよう
なんとお慈悲深い 和人ではないか
しかし イヌは
その土地すら 酒にだまし取られたのだ
文字を持たない
文字を知らない アイヌの
悲劇だった──
そのようなアイヌの中には
たちまち 路頭に迷う者も出た
乞食のように 道端にうずくまる彼らに
石を投げつけ パカにする和人の子等
膝を抱え 顔も上げぬ
彼らのうつろな 瞳から
涙がとめどもなく 流れ出た──
和人の学者たちは
この原始人? アイヌを
研究せんがために
われ先にと 部落へ飛んだ
その手には 酒をたずさえて
狼狽する古老たちに
酒を飲ませ
ユーカラや伝承を 聞き出し
ペンを取った
アイヌに対して
人間的な感情も出さず
一個の研究材料として
冷静に見つめ
研究は 功をなした。
アイヌを裸にして 写真をとり
血を採った
ある学者は 部落の者が
制止するのを振り切って
大量の骨を 墓から 掘り起こし
持ち去ったという
今のうちに 研究しなくては‥‥‥‥
今のうちに 聞き出さなくては‥‥‥‥
珍しいか?
それほどに 珍しかったのか
頭のいい和人──
頭のいい学者先生──
アイヌの子供たちは
学校へ行きたがらなかった
われらアイヌの子にとって
学校は 地獄にも等しかった
登校 下校の道すがら
和人の子等に
「アイヌ! なんで学校へ来る!」 と
のしられ 蹴とばされ
髪の毛を 引っ張られた
土人 原始人 毛人
エゾ 外人 いぬ
われら アイヌ民族に与えられた
数々の名称
このロケットの飛ぶ時代に
ある研究者は こう言った
「純粋な アイヌの生きているうちに
アイヌの血が 肉片が欲しい──」と
くれてやろう
それほどに欲しくば
血でも 肉でも 骨でも──
ハイ グラムいくらです
何という 素晴らしい
研究者であろうか
血を 肉を 骨を
永久に 保存して下さると言う
誇りを うばわれ
血も 肉も 骨も
土地も 家も
自由な 天地すら うばわれた アイヌ
いまだ 北海道の
観光用ポスターには
ワラぶき小屋 丸木舟
そして アッシを着たアイヌが
威厳を 誇ってる
それを見る 観光客は
われらアイヌに
「日本語 わかりますか?
あなた アイヌですか? アイヌ語
話せますか? 何を食べてるのですか?」
と 真顔で問う
なんたる 認識不足 なんたる侮辱
今の 現代のアイヌは ちがうぞ
自らの力で
コシプレックスに 打ち勝ち
堂々と 社会的地位を 築いている
文化生活を 電化生活を営み
若者は皆 近代的な生き方を
楽しんでいる
過去は 過去
まさしく そうであろう
しかし
今一度 振り返ってみよう
アイヌの われら祖先の
苦難の歴史を──
和人に対する
恨み言では けっしてない
その恨みを われらのエネルギー源にし
それら 屈辱の歴史を繰り返すことなく
アイヌとじて
日本人として 人間として
矛盾は矛盾として 告発し
生きよう
千古の昔より
われらを 見守ってきた
この大地のある限り
私の父母は アイヌ
アイヌは アイヌなのである
(つまり人間である)
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