"アイヌ"イデオロギーは,その政治的思惑から,「アイヌ」を「北海道先住民族」の意味にしようとする。
また「北海道先住民族」としていまも存在していることにするために,「アイヌ」を「血筋」の意味にしようとする。
しかし,「先住民」の概念も「同系血筋集団」の概念も,立つものではない。
「アイヌ」の意味は,「アイヌ文化を生きた者」になるのみである。
アイヌは,アイヌ文化の終焉を以て終焉する。
かくして,アイヌは過去の存在である。
島田元旦 (1799)
アイヌとは,「現在にいる」を言い出せば,だれがアイヌなのかわからなくなるというものである。
「先祖のうちに少なくとも一人<アイヌ文化を生きた者>がいる者」──「アイヌの子孫」──の拡がりを想ってみよ。
拡散を明治以降に絞って想っても,アイヌの子孫は日本中に拡散し遍在していることになる。
"アイヌ" を自称したり,手当を受けるために "アイヌ" を申告している者だけが,「アイヌの子孫」ではないのである。
「アイヌの子孫」とは,みなが「自分もそうかも」と思うべきものである。
「先住民族」立法に簡単になびいてしまう国会議員には,この「拡散」を頭に想い浮かべられるようであって欲しいのだが,現実はそうはならない。
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