Up 「運上屋とは何か」へ 作成: 2019-02-11
更新: 2019-02-13


    "アイヌ" イデオロギーは,「運上屋」をつぎの絵にする:
      戸塚美波子 (1971)
    和人は 部落の若い女たちを
    かたっばしから連れ去ったうえ
    凌辱したのだ──

    そして 男たちを
    漁場へと連れて行き
    休むひまなく
    働かせた

    若い女たちは
    恋人とも 引さ離され
    和人の子を身寵ると
    腹を蹴られ流産させられた
    そして 多くの女たちは
    血にまみれて 息絶えた

    男たちは
    妻 子 恋人とも
    速く離れ
    重労働で疲れ果てた体を
    病いに胃され
    故郷に 送り返された
    その道すがら
    妻を 子を 恋人の名を
    呼びつつ
    死出の旅へと発った


    この絵の目的は,ヘイトを喚起することである:
      貝澤正 (1971). pp.125,126
     私は自らの意見も言わず、例を述べるに過ぎないが共感を得たものを列記した。 もう一つ、十勝の女子高校生の稿をお借りして新しいアイヌの考えを知ってもらいたい。

    歴史を振り返ることによって真の怒りを持つことができる
    「差別されたから頭に来た、あいつらをやっつけたい」
    それはそれだが、そんな小さな問題に目を向け右往左在しているだけでは駄目だ。
    私たちがアイヌ問題を追って行く時突き当る壁は同化ということだ。
    明治以来の同化政策の波は、もはや止めることはできないだろう。
    私は、何とか、アイヌの団結でシャモを征服したいものだと思った。
    アイヌになる。
    北海道をアイヌのものにできないものか。
    だが、アイヌの手に戻ったとしても差別や偏見は残るだろう。
    やはり、根本をたたき直さねばならないのです。
    アイヌは無くなった方がよいという考え方、シャモになろうとする気持が、少しぐらいパカでもいいからシャモと結婚するべきだと考えている人が多いと思う。
    私の身近でも、そういう人が随分いる。
    私はこのような考え方には納得できない。
    シャモに完全に屈服している一番みにくいアイヌの姿だと思う。
    これは不当な差別を受けても "仕方がないのだ " と弱い考え方しかできない人たちなんだと思う。
    アイヌだから、差別されるから、シャモになった方が得なんだと言うなら、それは悪どい、こすいアイヌだ。
    なぜ差別を打倒しないのか
    なぜ、アイヌ系日本人になろうとするのか。
    なぜアイヌを堂々と主張し、それに恥ることのない強い人間になれないのか。
    どうしてアイヌのすばらしさを主張しようとしないのか?
    私は完全なアイヌになりたい。
     個人が自己を確立し、アイヌとして真の怒りを持った時、同化の良し悪しも片づけることが出来ると思う。
    強く生きて、差別をはね返す強い人間になることだ。』


    "アイヌ"イデオロギーのルーツは,「窮民革命」イデオロギー,さらに「人民革命」イデオロギーである。
    「人民革命」の戦略は,人民に先ず己の立場をわからせることである。
    即ち,自分が<抑圧者に抑圧されている者>であるということ,そしてこの抑圧が理不尽なものであることをわからせることである。
    そこで,人民がいかに抑圧されているかを物語るテクストを作成する。
    アジテーションテクストである。

    アジテーションテクストは,<抑圧者に対する憎悪>を導くことがねらいである。
    なぜ<憎悪>か。
    これが人民に革命を起こさせる,と考えるからである。
    革命は,相手の殺戮である。
    相手を容赦なく殺戮できるようにするものは,憎悪である。

    この憎悪を「階級的憎悪」という。
    「階級的憎悪」は,革命イデオロギーの核心である。

    "アイヌ"イデオロギーは,以上をそっくり倣う。
    このとき,憎悪を喚起する主題として選ばれるのが,「運上屋」である。


    "アイヌ"イデオロギーは,この絵を公教育に載せるまでに成功している。
    この成功は,「アイヌ利権」と結託できたためである。

    かくして,「運上屋とは何か」がいかに重要な論題であるかがわかる。
    「運上屋とは何か」の改竄が,"アイヌ"イデオロギーのアジテーションの中心になっているからである。


    引用文献
    • 戸塚美波子 (1971) :「詩 血となみだの大地」
      • 『コタンの痕跡』, 旭川人権擁護委員連合会, 1971. pp.95-107.
    • 貝澤正 (1971) :「近世アイヌ史の断面」
      • 『コタンの痕跡』, 旭川人権擁護委員連合会, 1971. pp.113-126